世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:犬や猫が虐待されているのを・・・」
劣悪な環境下にある犬や猫が思考しているとは思えないのですが・・・
超次元ライブ68を聞いて,どうしてもわからないことがあります。
犬や猫も思考しているとの事ですが飼い主に虐待されたり殺処分される動物は,
そのようなことを思考しているとは到底考えられないのですが?
というご質問をいただきました^^
では、アシュタール、よろしくお願いします^0^
「犬や猫が虐待されているのを・・・」by アシュタール
ありがとう、アシュタール! 感謝します。
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今回の記事にあるような犬や猫であっても思考しているというのが回答ですね。
つまり、彼らもそうした劣悪な環境を体験したくて生まれてきているということです。
宇宙には体験の内容による上下や良し悪しというのは存在せず、すべてが貴重な
体験だということです。
なかなか私たちの価値観からすれば受け入れがたいことだと思います。
私たちだって虐げられる環境にいるのを決して良いとは思いません。
むしろその逆です。
だから、彼らのそうした環境に同情を覚えるのです。
しかし、考えて見ればわかることですが、そうした環境を作り出しているのは
他ならない私たち人間です。
同じ人間であってもそのようなことを平気でする人がいます。
韓国ではご存じのように犬が食料にされています。
日本人の私たちからすれば考えられない異常なことです。
しかし、日本でも厳寒地では冬場の寒い時期食料がなくなるのでそうした
理由から飼われていたことも過去の歴史的事実としてあります。
そのため所と時期が異なれば現在の非常識が常識ともなります。
そこには絶対的な基準は存在しないということです。
だからと言って何をしてもいいかというとそうではなく、互いの尊敬と愛が
そこにあれば何をしていいかどうかの判断基準は自ずと出てくるはずです。
でも、犬はダメだけど牛や豚はいいのか?という疑問にもつながるでしょう。
すべての生物の生存権と言う観点からすればどんな動植物であっても殺処分して
食料にするのは出来ないはずです。
しかし、現在は代替え食料がないので彼らが私たちにあえて食料減として提供
していると考え、それに感謝するしかありません。
将来的に波動が上昇しすべての生物の相殺権が解決したときには別の方法で
エネルギーを摂る方法が確立されてくると思います。
今は仕方がないのです。
かといって無益な殺傷は避けないといけません。
娯楽で生存権を奪うことは誰にも許されるものではないのです。
それは逆の立場で考えて見ればわかります。
そうした内容をゲームにした映画がありましたが・・・。
あれはレプティリアンの思考そのものです。
私たちが求めるタイムラインではありません。
話がそれてしまいましたが、猫や犬の虐待は私たちのものの考え方が
招いているものです。
犬や猫を下等動物として見てしまい、同等のものとして見ていないからです。
ペッとして飼っている方には考えられないかもしれませんがそうした人もいると
いうことです。
それがどうして起きているのかと言うとアシュタールが語るように私たち自身が
そういう環境下にあり、その考え方を刷り込まれているからです。
もし、本当に犬や猫の虐待をなくしたいと思うならば私たち自身の考え方を
変えていくしかありません。
そうすることでそうした劣悪な環境下にある動物を減らしていくことができます。
また、そのような劣悪な環境下になっても彼らは彼らで思考し、考えることで
その体験をしているということで私たちと何ら変わりはないものです。
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