破・常識 あつしの歴史ブログ「アシュタール:その言葉はあなたには関係ない」
今日の破・常識!
誰かにあなたらしくないと言われたとしても
その言葉はあなたには関係ないのです。
byアシュタール
アシュタールからのメッセージ
今日のアシュタールからのメッセージをお伝えします。
「その言葉はあなたには関係ない」by アシュタール
「こんにちは こうしてお話できることに感謝します。
人をどう見るかは、その人(見ている人)の基準なのです。
その人のその時の気分にもよります。
ある時は良い人のように見えても
違う時はイヤな人に見えたりする。
Aさんが好きだと思っていたけど、Aさんが自分と違う意見を
持っていると知ったらイヤになったという経験はあると思います。
何だ、こんな人だったのかとがっかりしたりすることも
あるかもしれません。
それはAさんの責任ではないのです。
それはあなたの中で起きている事であって
実際のAさんとは関係ないのです。
それをわかっていないと、Aさんの言動に振り回されることになります。
Aさんを主体に考えてしまうと、あのAさんは好きだけど
このAさんは嫌いという事になって
Aさんとどういう関係を築けばいいかわからなくなってしまうのです。
Aさんに期待すればするほど(自分の好きなAさんでいてほしいと
思えば思うほど)あなたの感情は揺れます。
嬉しくなったり、腹が立ったり、がっかりしたりと激しく揺れ動き
自分を見失ってしまう事になるのです。
それはAさんにはまったく関係のない所で起きているのです。
ですから、その気持ちをAさんに伝えても仕方がないのです。
Aさんに私の好きなAさんでいてください・・と言っているようなもので
それはコントロールになってしまいます。
自由への介入になってしまいます。
人にはたくさんの面があります。
その面をどの角度で見るかは見ている人の問題なのです。
Aさんが笑っている顔を見て、優しそうだと感じる人もいれば
何だか腹が立つ笑い方だと感じる人もいるかもしれません。
どちらの感想もAさんには関係ないのです。
Aさんはただ笑っているだけなのです。
それを見てどんな感想、どんな感情を持ったとしても
それは見ている人の問題だという事です。
今日のAさんに何か違和感を感じると思うのは
あなたの中の問題であるので、Aさんには
あなたの感情を引き受ける責任はないのです。
Aさんに何か違和感を感じるのはどうしてかな?
とちょっと考えてみてください。
そうすれば、その時のあなたの考え方が見えてきます。
あなたが、Aさんならこう言うだろう、こういう言葉を使うだろう
こういう表情をするだろうと予測していたものと
違う事をされると違和感を感じるのです。
それはあなたの予測、希望、期待であって、Aさんとは関係ないのです。
それをわかっていないとがっかりしたり、腹が立ったり
裏切られたと思ってしまいます。
Aさんだけではなく、あなたにももちろんたくさんの面があります。
だから、反対に誰かにあなたらしくないと言われたとしても
その言葉はあなたには関係ないのです。
あなたらしい・・と言う言葉は、その人があなたならこうするだろう
こう返してくれるだろうと思っているだけの事なのです。
それはその人の問題であって、あなたがその人の気持ちに
責任を持つ必要はないのです。
がっかりしました・・と言われても謝る必要はないし
罪悪感を感じる必要もないし、そうならねばならない
と思う必要もありません。
あなたはあなたが好きなように行動すればいいのです。
あなた以外の人の感情、考え、などにあなたは責任を持つ
必要はないのです・・というか、責任を持つことなどできません。
あなたが責任を持つことが出来るのはあなたの事だけです。
自分の考え、自分の感情と、人の考え、人の感情を
ごちゃごちゃにして同じように考えてしまうから疲れるのです。
こころが揺れてしまうのです。
この事をしっかりと分かっていないと人との関係で
こころが疲れ果ててしまいます。
すべての人の気に入るようなことは出来ません。
する必要もありません。
気に入られようと考える必要もないのです。
そんなことは出来ないのですから。
あなたはあなた自身に気に入られることだけを考えてください。
あなた自身を楽しませる事だけを考えてください。
そうすれば、誰かに期待しようとか、干渉しようとか
コントロールしようとか考えることがなくなります。
自分と違う意見を言われても、こころ、感情は揺れなくなります。
とても楽になります。
そして、あなたも誰からも期待されたり、干渉されたり
コントロールされることがなくなります。
誰かに合わせようとしたりすることがなくなりますので
みんなそのままの自分でいることが出来るのです。
だからとても風通しの良い気持ちの良い関係を築くことが出来るのです。
これが丸い社会の関係なのです。
あなたに愛をこめてお伝えいたします」
ありがとう、アシュタール!
マイコメント
人の言動や視線を気にしなくなればものすごく気持ちが軽くなります。
これは私が実際に行っていることですからその通りになります。
私も以前は人の言葉や批判、評価などが気になり、それに見合う自分に
なろうと努力したことがありましたが、結局は意味がないのです。
人の評価と言うのは個人によって違い、100人いれば100通りの見方や
評価が出てきます。
それをひとつひとつクリアして理想的な自分に近づけようと努力しても
実らないばかりか意味がないのです。
AさんのいうとおりにしてみたらBさんからは違うと言われ、Bさんの言う
通りにしたらCさんから違うと言われるからです。
ただし、社会的に決められたルール(仕事であれば定時に出社する)を
守らないようなことは除外します。
この場合は100人いれば100人定時に出社するからです。
後は社会通念上ほとんどの人が守っているようなことです。
嘘をつかない(便宜上許される嘘を除いて)、盗みを働かないなどです。
それ以外の部分においてです。
そうした部分は国や地域、あるいは時代によっても違い普遍的なものでは
なく個人個人のものの考え方に由来します。
その人が育ってきた環境に左右されることなので、環境が違えばものの
味方も違うのですから当然のことです。
また、意見が合わない場合には一度話し合い双方の食い違いを認識し合う
べきだと思います。
そうした話し合いでこことここは合うけど、ここが合わないのね。
とお互い納得することで理解し合う事も可能だからです。
話が飛んでしまいましたが、考え方はひとそれぞれなので気にしていても
仕方がないので止めましょう。
相手は相手、自分は自分と割り切ることです。
そうすれば不満もないし腹も立たなくなります。
そして、批判の中に思い至る部分があれば修正すればいいだけです。
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