いまのうちに焼肉に行ったほうがいい…「焼肉の和民」と「焼肉きんぐ」に共通するある兆候
近いうちに今のような値段では食べられなくなる
コロナ禍で飲食店の経営が苦しかった中、唯一の健闘業態と言われたのが焼肉店です。もともと換気がよいため「密」を気にしなくていい利点もあり、まん延防止の時期にもそれほど客足が減りませんでした。
コロナ禍が始まった2020年度の焼肉店の倒産は過去10年間で最小だったことも話題になりました。ところが先ごろ東京商工リサーチが発表したデータによれば2021年度の焼肉店の倒産は18件と1.5倍に増えたそうです。
昨年8月、私はこの連載で、<「コロナ後1年以内に肉の味が落ちる」絶好調の焼肉店を待ち受ける3つのリスク>という記事を書きました。3つのリスクとは以下の通りです。
②コロナ禍で安く仕入れられていた肉の価格が上がる。
③「リモートワークで平日夜が好調のロードサイド焼肉店も、いずれ客足がオフィス街の居酒屋に戻ってしまう。
今のところアフターコロナで自由に外出ができるようになった初めての夏ということで焼肉も含めて多くの飲食店が好況です。一方でエネルギー高、食料高、そして円安のトリプルパンチでアフターコロナの値上げラッシュが日本経済を脅かしています。
本格的なアフターコロナ経済が到来したとき、焼肉業態はどうなるのか? そして焼肉業態の勝ち組企業の戦略は正しいのか? 焼肉店の未来を予測してみたいと思います。
飼料価格は2倍以上に…牛肉の値上がりは不可避に
昨年指摘した3つのリスクのうち、すでに現実化しているのが「焼肉店の増加」です。
2020年に居酒屋大手のワタミが既存店のうち120店舗を「焼肉の和民」に業態転換すると発表し、この春の段階で店舗数は26店舗まで増えました。ひとり焼肉という新スタイルを提案した「焼肉ライク」も83店舗と急拡大しています。
実はニュースになっている「焼肉店の倒産」は、その大半が中小です。大手の参入によって業界の淘汰が始まっているようです。
次に現実になり始めているのが「肉の価格高騰」です。農水省の価格動向調査を見ると輸入牛肉(冷蔵ロース)価格は昨年6月時点では100gあたり278円とコロナ禍以前よりも割安だったのですが、そこからじりじりと値を上げ始め直近の2022年7月は前年比18%増の327円になっています。
一方、国産牛肉(冷蔵ロース)は100gあたり839円で高値安定ではあるのですが、実はこの先の値上がりが不可避だと言われています。理由は飼料価格の高騰です。JAによれば2020年夏まではシカゴ市場のトウモロコシ価格は1ブッシェルあたり3ドル台前半で安定していたのですが、中国の需要増と南米産の状況悪化で2021年春に7ドル台半ばまで上昇しました。
結果として配合飼料の国内受け渡し価格も2020年の6万6000~6万7000円台/1トンから高騰し4月には空前の8万7000円台に、そして7~9月にはそこからさらに1万円以上値上げされる事態になりました。当然のことながら今後、国産の黒毛和牛の価格は生産コストの上昇に応じて値上がりせざるを得ません。
今のところ3つめのリスクである「ロードサイドの顧客減」は起きておらず、むしろ日本全体で飲食店は活況です。とはいえ競争激化と仕入れ価格上昇という現実の中で、焼肉店はどうこの状況を戦っていくのでしょうか? 大手の中から私が注目する2大チェーンの戦略を検討してみたいと思います。
「和民の焼肉」の「史上最大の値下げ」には緻密な計算があった
最初に取り上げたいのは新規参入組の一角である「焼肉の和民」です。「焼肉の和民」は3月に「ワタミ史上最大の値下げ」と銘打って全品税込429円(税抜390円)以下という大幅な値下げを敢行しました。これまでは部位によって、和牛カルビ(70g)649円、角切りハラミ(90g)605円などと、価格が異なっていましたが、同一価格に引き下げたのです。
同時に人気のワタミカルビは価格を据え置きのまま重量を75gから90gに引き上げてお得感を出しています。競争激化、仕入れ値上昇が見えている中でなぜ値下げを敢行するのか? ワタミの渡邉美樹会長兼社長の戦略は非常にユニークです。
渡邉会長によればワタミグループの中で値上げする業態もあります。それはテイクアウト業態のように「伸びている業態」。一方、焼肉業態を値下げしたのは「マーケットが小さくなる業態」。渡邉会長は、競争激化で焼肉業態は一社当たりのマーケットが小さくなってきているため、他店から顧客を奪うために値下げをしなければならない、と考えているのです。
一見無謀な戦略に見えますが、背景にはある計算があるのだと思われます。それは「焼肉の和民」への参入が鹿児島県の有力生産者であるカミチクグループと様々な面で業務提携をして仕入れルートを強固にしたうえでの参入だという事情です。
懸念点は「円安」
カミチクは第1次産業から加工、サービス業へと手を広げる6次産業の成功企業として知られています。カミチクは看板牛の黒毛和牛以外にも、豪州Wagyuを鹿児島県内の自社農場で肥育して「南国黒牛」ブランドに育てるなどビジネスの展開力で定評があります。そのカミチクとワタミでは合弁で焼肉の食べ放題業態「かみむら牧場」を11店舗運営していて、「焼肉の和民」とは違う客層で成功しつつあります。
私は「焼肉の和民」の創業時に最初に開店した大鳥居駅前店に実食に伺ったのですが、そのときの印象は「この価格にしてはまずまずおいしい」でした。一方でこの記事を書く段階で最近開店した池袋のお店に伺ったのですが、牛肉のクオリティーが開店当時よりも上がっていることに驚きました。つまりサプライチェーンの強みが発揮されてきているのです。
キャンペーンメニューもおいしいのですが、定番の看板メニューがとにかくやわらかくておいしくなっているのです。おそらく肉自体のクオリティーに加えて、独特のタレで肉をやわらかくおいしく食べさせる工夫ができているのだと思われます。
ただ懸念点はあります。ワタミによれば今回の大幅値下げは1ドル130円までの円安ならば耐えられる価格設定ということだったのですが、この夏から秋にかけ為替レートも飼料相場も、そして食肉の仕入れ値相場もその想定レベルを超えてきそうです。「焼肉の和民」の値下げ戦略の成否は、このクオリティーを維持できるかどうかにかかっているでしょう。
食べ放題が苦手な人も楽しくなってしまう「焼肉きんぐ」の秘密
次に現在の焼肉業態の最大の勝ち組企業と呼ばれている物語コーポレーションの「焼肉きんぐ」の戦略をみていきましょう。
「焼肉きんぐ」は業態的には焼肉の食べ放題のチェーンということになるのですが、従来の食べ放題チェーンとは違う特徴があります。ひとことで言えば、そのウリは「食べ放題」ではなく「選びたい放題」なのです。
私は経済評論家として飲食店の記事を書く場合は自分で実食するだけでなく、誰かを連れていきます。そうすることで私の個人の感想ではない別の意見が発見できるのですが、今回の記事では「焼肉きんぐ」に行く際、わざと食べ放題が苦手な人に声をかけました。
食べ放題が苦手な人というのは少子高齢化社会ではむしろ多数派で、要するに胃袋はそれほど大きくない、食事は多少高くてもおいしいものを少しだけのほうがいいという人です。そんな人をわざと「焼肉きんぐ」に連れていったのです。
そして実食後にさりげなく感想を尋ねたところ「今日のお店は楽しかった」と言うのです。ここに「焼肉きんぐ」の躍進の秘密があります。
選び放題の100分間のレジャー
実は「焼肉きんぐ」を運営する物語コーポレーションは、その社名通り「物語」として飲食業を捉えています。今回の記事とは別の話になるので簡単に触れるにとどめておきますが社員にとっても仕事が物語になることを大切にして、その従業員一人ひとりの物語が積み重なることで大きな差異化が生まれると考える会社です。
その物語コーポレーションは「焼肉きんぐ」業態について「食べ放題」ではなく「選びたい放題の100分間のレジャー」だと説明しています。終わってみれば食べ放題を苦手にしている同伴者はずいぶんといろいろ注文をして楽しんでいました。
「焼肉きんぐ」にはメインの肉料理、季節の限定商品からサイドメニュー、デザートメニューまで常時120品目の商品が用意されているそうです。「4大名物」と自称している「きんぐカルビ」や「上ハラミステーキ」などの人気メニューはボリュームもたっぷりなのですが、実はそれ以外のメニューの大半はおそらく意図的に他チェーンよりもボリュームを抑えているようです。
これは私の観察なのですが、一皿一皿が少ないがゆえに食べ放題が苦手な人でも普段の倍近く、さまざまなメニューを楽しむことができるようです。私自身は好きなものを繰り返し食べる嗜好なので、カルビを6皿、卵かけごはんを2杯、デザートにソフトクリームを2度おかわりしましたが、もちろんそういう食べ方もできるわけです。
「焼肉きんぐ」は一皿の量が少ないので様々なメニューを楽しめる。
もうひとつ食べ放題の苦手な同伴者が称賛していたのが席の広さです。もともと「焼肉きんぐ」は広いロードサイド店舗の割には席数が少ない特徴があります。ゆったりと席を設計していて、コロナ禍でも隣の席との距離がまったく気になりません。従業員の教育もしっかりしているとみえて店内も清潔です。
それで100分があっという間にすぎてしまう。このような「楽しいレジャー体験戦略」で成長している「焼肉きんぐ」ですが、ではこれから経済事情が変わったら苦境に陥ることがあるのでしょうか?
逆境でも最後まで生き残る可能性が高いのが「焼肉きんぐ」
実は私は焼肉業態に今後、冬の時代が来た場合に、最後まで生き残る可能性が高いのが「焼肉きんぐ」だと踏んでいます。そこには「ふたつの余力」と「ひとつの条件」があります。
「焼肉きんぐ」は今後、諸物価が値上がりしても生き残れるふたつの「余力」があります。ひとつは生産性の面なのですが、実は通常の飲食店と比較して今のところ従業員の数が多いのです。
「いやいや、それで苦しくなって従業員を切ってしまったら、物語が成立しないじゃないですか?」
と思うかもしれませんね。それはそうなのですが、今、お店のフロアには従業員以外に1台、ソフトバンクの配膳ロボットが活躍しています。
経営コンサルタントの視点で彼の働きぶりを眺めると、おそらく近い将来、2台、ないしは3台ぐらい配膳ロボットを採用してもお店がまわるというか、そのほうが顧客満足はもっと高まりそうです。
他の食べ放題業態はお客さんが自分で取りに行くことで生産性を確保しているところを「焼肉きんぐ」はタッチパネルで注文してなんども従業員とロボットが届けるオペレーションを大切にしている。その業務プロセスにまだカイゼンの余地があるというのがひとつめの余力です。
「焼肉きんぐ」に待ち構える落とし穴
そしてもうひとつの余力が「焼肉きんぐ」が売っているものが飲食というよりもレジャーだということです。つまり物価が上がった時に他の焼肉業態よりも値上げが通用しやすいのです。これは不況下でも東京ディズニーリゾートの入場料がひたすら値上げされているのと同じ理屈です。
むしろこれから物価の値上がりで苦しくなるのは、安さをウリにしている競争相手の焼肉店でしょう。すでに中小の焼肉店の経営が苦しくなってきているというのは冒頭にお話しした通りですが、「焼肉きんぐ」の楽しさを消費者が体感すればするほど、値上げ局面では他の焼肉チェーンへの不満が高まります。
「どうせ物価が高騰しているんだし、どうせ外食するなら焼肉きんぐにしようよ」
と消費者が言い出すのです。
最後に、ひとつの条件です。この予測は親会社の経営がうまくいっているという前提の話です。焼肉以外の業態を含めて大規模チェーンを運営するには資本市場からの資金調達が不可避の時代です。
名前は挙げませんが、過去にダメになった飲食チェーンの共通項は経営者の判断ミスや資本市場からのプレッシャーで、良かったサービスが改悪されたことが転落のきっかけであることが多い。そのような時代ですから今、勝ち組のチェーンもいつまでも勝ち続けるのは難しい時代だと思います。やはり消費者から見れば「焼肉に行くなら今のうち」ということかもしれません。
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