映画のような世界が現実になる?衛星から全世界の通信網を制御?
「テロリストによる人工衛星のハッキング」は、フィクション世界ではすでにお馴染みの設定となっています。
しかし、現役のハッカーに言わせると、特定の機材とアップリンク(※)へのアクセスさえあれば、人工衛星は簡単にジャックできるというのです。
アメリカのセキュリティ研究者で、通信機器や組み込み機器のハッキング集団「Shadytel」の一員であるカール・コーシャ(Karl Koscher)氏は、今月11日〜14日に米ラスベガスで開催された世界最大の年次ハッカー会議「Def Con」にて、2020年に運用終了したカナダの人工衛星をハッキングすることに成功したと報告しました。
もちろん、今回の人工衛星へのアクセスは、カナダ当局の公式な許可を得ており、実際のハッキングは2021年10月に行われています。
一体どのように衛星をハッキングしたのでしょうか?
※ アップリンク:人工衛星を用いた通信・放送・中継を利用するときに、地上局から衛星に向けて送信される通信経路のこと
カナダ当局の許可を得て、ハッキングを実演
今回、コーシャ氏とShadytelのチームがハッキングしたのは、カナダの放送衛星「Anik F1R」です。
この衛星は、カナダの放送局を支援する目的で2005年に打ち上げられ、2020年に役目を終えた後、2021年11月に「墓場軌道(graveyard orbit)」へ移動する予定になっていました。
(墓場軌道:役目を終えた人工衛星が、運用中の衛星とぶつからないように移動する、高度の高い軌道のこと)
運用中は地上から約3万6000キロ上空の「静止軌道(geostationary orbit)」にありますが、墓場軌道へ移ると、通常の通信はできなくなります。
そこでコーシャ氏らは、静止軌道〜墓場軌道へ移動している間にAnik F1Rをハッキングすることにしました。
Anik F1Rを利用していた放送局は、運用終了後に新しい人工衛星へと移行していますが、Anik F1Rと通信できるアップリンク(送信経路)と、衛星に搭載されているトランスポンダ(電波中継器)はそのまま残されます。
(トランスポンダ:受信した電気信号を中継送信したり、電気信号と光信号を相互に変換したり、受信信号に何らかの応答を返す機器のこと)
コーシャ氏らは、この利用枠の空いているアップリンクとトランスポンダの引き継ぎ許可を今回に限って公式に取得。
その後、信号を送受信できる約300ドルの超広帯域ソフトウェア無線「Hack RF」を使用することで、Anik F1Rへのハッキングに成功したのです。
人工衛星をハッキングすると何ができる?
Anik F1Rのような放送衛星は、地上の送信局から受け取った信号(アップリンク)を増幅して、地上に向けて送り返す(ダウンリンク)ことで、各家庭やマンション、集合住宅に電波を届けています。
そのため、コーシャ氏らが主にできたのは、Anik F1Rからの信号が届く北半球へ向けた「映像の放送」です。
ハッカーチームは、2021年10月に米サンディエゴで開催されたハッカー会議「ToorCon」の講演の様子を日中に生配信したり、夜には映画『ウォー・ゲーム』(1983)をストリーミング配信しました。
(ちなみに『ウォー・ゲーム』は、コンピュータネットワーク下の戦争を題材とし、ハッキングをテーマに描いたSFサスペンスものです)
また、映像の放送だけでなく、専用の電話番号を開設して、北米をまたいだ音声放送も可能になりました。
つまり、その番号に電話をかけると、あなたの声を北米全土に放送できるのです。
コーシャ氏は「人工衛星には制約がなく、基本的には送られてきた信号を中継し、反射させるだけだ」と説明します。
しかし実はここにこそ、ハッカーたちの付け入る隙があるのです。
人工衛星を乗っ取るのは簡単?
コーシャ氏によると、Anik F1Rを含むほとんどの人工衛星には「技術的な制約がない」といいます。
十分な強さの信号を送信できさえすれば、人工衛星はそれを受信して増幅し、地上に送り返してくれます。
言い換えるなら、運用中の人工衛星は”音声を拾うマイク”のようなもので、一番大きな声を出した者が選ばれ、その音声が増幅されるのです。
ところが通常は、大手の放送局の信号を超えられないので、一般人が人工衛星をジャックすることは極めて難しくなっています。
しかし、前例がないわけではありません。
たとえば、2009年に、アメリカ海軍の人工衛星をハイジャックした要件で、39人がブラジル連邦警察に逮捕されています。
このとき、ブラジルのハッカー集団は、高性能アンテナと自作の機材を使って、アメリカ海軍の衛星を個人用のCB(市民)ラジオに変えたといいます。
テロリストが、Anik F1Rのような放送衛星をジャックした場合、自国や敵国にプロパガンダ映像を流すことができるでしょう。
また、個人のハッカーだけでなく、各国が互いの人工衛星を乗っ取る危険性も考えられます。
さらに、放送衛星ならまだしも、軍事衛星が乗っ取られた場合、ミサイル防衛システムを機能不全に陥らせたり、戦場での通信を妨害することも可能です。
特に、役目を終えた人工衛星が墓場軌道に移動している最中は、通信経路が空いているためハッカーの狙い目となります。
コーシャ氏は、今回の実演を通して、人工衛星のセキュリティの脆弱性に警鐘を鳴らしました。
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