危惧されるAIの進化と世界が危険視する“ゲノムテクノロジー”。

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危惧されるAIの進化と世界が危険視する“ゲノムテクノロジー”。

「パンデミックをもたらす既存ウイルスの再形成」など、人類が滅亡する“確率”を上げる技術の行方

生物兵器によるバイオテロや人工ウイルスの蔓延

 

生物兵器を用いたバイオテロや人工ウイルスの蔓延も、人類に大きな悪影響を与えるリスクがある。

2018年1月、カナダのアルバータ大学のデイビッド・エバンス教授らは、オープンアクセス型学術雑誌『プロスワン』で、化学合成したDNA断片から馬痘ウイルスを生成したことに関する研究論文を発表した。

馬痘ウイルスの対象動物は馬であるものの、この技術を応用することで、天然痘ウイルスの作製が可能になることを微生物学者などの専門家は危惧する。

リスクのある論文を掲載したことに対し、多くの研究者から批判が寄せられたが、エバンス教授は「技術の進歩に逆行する試みや企ては長年にわたってすべて失敗してきた。技術を規制するよりも、そのリスクを正しく理解した上で、これを軽減するための戦略を立てる必要性を人々に教育するべきである」と反論している。


「それも一理ある」と受け止めるかどうかは意見が分かれるところであろう。しかし、リスクというものは、意見が分かれるその間隙を突くものだ。

2018年6月19日、米国科学工学医学アカデミーは、国防総省(DOD)の要請のもと、合成生物学の進化に伴う安全保障上の懸念を評価するフレームワークを構築し、「合成生物学の時代のバイオテロ防衛」という報告書にまとめて公開した。

ゲノム編集技術は、アメリカでは国家安全保障上の脅威リストに入ったという話も

 
 

この報告書は、既存の細菌やウイルスをより有害なものに改変するなど、合成生物学が新たな兵器を生み出す可能性を広げていると結論づけている。その著者のひとりであるミシガン大学のマイケル・インペリアーレ教授は、米国政府は急速に進化する合成生物学の分野を注視すべきであると警告している。

このフレームワークでは、「技術の有用性」、「兵器としての有用性」、「専門家の要否や資源へのアクセスといった必須条件」、「脅威の抑止や予防策の実行などの緩和可能性」という4つの観点から懸念レベルが整理されている。

特に懸念レベルが最も高いものとして、「パンデミックをもたらす既存ウイルスの再形成」、「より有害な細菌への改変」、「毒素を生成する微生物への改変」という3つのケースが挙げられ、技術の進化によりバイオテロなどへ悪用される可能性が生じることは否定できないとする。

インペリアーレ教授は、将来に向けて実現可能となり得る事象を勘案した上で、幅広い脅威に対応する戦略を探求し続ける必要性を国防総省に対して説いている。


このような流れの中で、ゲノム編集技術が向上すると、人工的な病原体、ウイルスを作り出すことが可能になるかもしれない。ゲノム編集技術によって開発された致死性のある生物兵器がテロに使われたり、脅威的なゲノム編集人工ウイルスがばら撒かれて蔓延してしまったときのダメージは計り知れない。

ゲノム編集の急速な普及を踏まえると、既に監視や対策の必要性があることは明らかである。

実際、CRISPRのようなゲノム編集技術は、米国の情報機関がまとめた国家安全保障上の脅威リストに入れられたと言われており、脅威と見なす大量破壊兵器にカウントされ始めた。米連邦捜査局(FBI)も遺伝子工学のテロへの悪用を防ぐ対策に乗り出している。

こうした動きはまさに、その脅威の大きさを物語っているとも言える。意図的な悪用や誤った使用によって広域に悪影響を与えてしまうと、取り返しのつかない事態を招きかねない。

ゲノム編集技術を未来永劫、〝理想的〞に扱うことはできるのか

 
 

威力のある技術は新しい時代を作り、未来を紡いできた。ゲノム編集技術の獲得は、人間自らがヒトの誕生と成長を合理的に操作できる力を初めて手にしたことを意味し、人類の歴史上、大きな転換点をもたらすインパクトを持っている。

人間の尊厳、人間の生殖、人間の機能、人間の能力など、人類の根源に触れる比類なき諸刃の剣である。

しかも、次世代から次世代へと影響を連鎖させるのが生殖に関するゲノム編集技術だ。

生まれてくる子だけではなく、さらにその子の子孫にも影響を波及させる。現世代の意思決定、価値観、倫理、ルールだけを前提にしても不十分なのだ。

 

現世代が未来への責任を負い、善処に努めているからといって、変動要素の多い社会・地球環境の中で、次世代を理想的にデザインできると考えることは驕りである。次世代のその先の世代となると、さらに未知数だ。

それを踏まえたときに、人間が未来にわたりゲノム編集技術を正しく扱えるという絶対的根拠など本当にあるのだろうか。

現世代がゲノム編集技術を濫用したならば、次世代もその影響を必ず受ける。もし、現世代が濫用せずに済んだとしても、さらに技術力が上がり、人間の能力を拡張したり、デザイナーベビーを生み出す欲や必要性が増したとすれば、次世代では抑制できなくなるかもしれない。

ひとたびデザイナーベビーの存在が許されてしまえば、小さな一歩が少しの束になり、少しの束がなし崩しに大きな束になりかねない。大きくなった束は、デザイナーベビーか否かで人間の優劣が際立つ世界を徐々に形成し、差別意識が継承されることで世代を超えて社会的分断が進む恐れがある。

そして、デザイナーベビーとして生まれてくる子どもは意思決定に関与せず、自分以外の誰かの意思によって勝手に操作されることになる。これまでのヒトの生殖プロセスを人為的に変える行為であり、プロセスの一部だけを切り取って操作しても、何の歪みも生じないことを証明するのは困難だ。

生命操作が一つのシステムだとすれば、バグが絶対に発生しないシステムは幻想に近い。予想しなかった病気や障害が生じることや、思わぬ遺伝的影響が次世代に現れることもある。

ゲノム編集技術を未来永劫、完璧に扱い、安全性を永遠に担保できるという発想は、願いの範囲を出ない。

国際サミット指摘されたゲノム編集6つの問題

 
 

2015年12月に行われたヒトゲノム編集国際サミットで採択された声明では、ヒトの生殖細胞系列へのゲノム編集は、次のような6つの問題をもたらすと指摘している。

1.オフターゲットやモザイクといった技術上の問題
2.遺伝子改変がもたらす有害な結果を予測する困難
3.個人のみならず将来の世代への影響を考える義務
4.人間集団にいったん導入した改変を元に戻すのは困難
5.恒久的エンハンスメントによる差別や強制
6.人間の進化を意図的に変更することについての道徳的・倫理的検討


これらの問題は、技術の進化によって解決できるものもある一方で、人間の思想、倫理、行動については、最良な全体合意、選択がなされるとは限らない。技術だけは立ち止まることなく進化しながら、6つの問題の解決を阻むのは、統一感のない意思、そして理想である。しかも、その意思や理想は、置かれた環境によって流動的である。

人間の価値観は曖昧な上、人間それぞれの価値観には相違があることは一般的に認められている。それゆえ、倫理的問題に対する答えは異なりやすく、異なれば現実的な不一致が生じる。

人間の価値観はまとまりがない上に、世の中の事象が複雑で矛盾を多く含むことが、不一致の問題をこじれさせる。不一致の問題は解決し難く、誰かが、どこかの国が、このギャップを悪用できる状態にある。

 

自然が作った生命を、人間がデザイン、操作する営みは、前代未聞、未知の世界だ。

時間と共にデザイン技術は進化し、量子コンピュータ、人工知能の進展などがそれを加速させる。

技術的に操作できることと、実際にすることは別次元であり、「できるから」といって、生命をシステム化の領域に移行させた場合の不具合は、取り返しのつかないものとなる。

倫理学者のマイケル・サンデルは、「遺伝子操作は『世界そのもののnature(本性)の根本的な改変』であって、『与えられたもの(the given)』、すなわち思い通りにならない世界のnatureそのものを『激しく罵ろうとする衝動』に基づいている」と述べている。自然な生命を人間がデザインすることは、まさにこれに該当する。

不可能だったことを技術の力で可能にし、生き永らえ、社会を発展させてきた人類にとって、ゲノム編集技術もその延長にあると捉えるかもしれない。

しかしながら、生命をデザインする行為は、本当にその延長線上にあるのか。破滅へ導く可能性を排除できるのか。

ゲノムテクノロジーという光が強烈であるほど、強烈な影を作り、科学の二面性のコントラストを強める。全人類が、ゲノムテクノロジーを倫理的に望ましく、理想的に扱うことを期待したいが、その期待を保証する科学的根拠は現時点では見当たらない。

文/小川和也

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