たった38%。Google日本元社長が問題視する、先進国の中でもあまりに低すぎる日本の食料自給率
かねてからその低さが指摘されてきた日本の食料自給率。現在カロリーベースで38%と、もはや危険水域に達していると言っても過言ではない状況となっています。この現状を問題視するのは、『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』等の著作で知られる辻野晃一郎さん。辻野さんは今回、自身のメルマガ『『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~』で、ここまでの惨状を招いた政府の姿勢を強く批判するとともに、食料安全保障の重要性を強く訴えています。
日本の食料安全保障について
憲法学者で慶応義塾大学名誉教授の小林節さんが、日本の食料安全保障の問題について言及している記事をネットで見ました。要旨は、
「40年前に出席していた自民党の勉強会では、食料問題は国家の死活問題との認識が根付いていたが、結局国が進めてきたことは、減反や食料輸入を増やすことで、食料自給率は当時よりも下がってしまった。有事に国民を飢えさせるような政治は役立たずどころか有害だ」
というものでした。私もかねて日本の食料安全保障の脆弱性には強い危機意識を持っていますので、今日はこの問題を取り上げます。
日本の食料自給率は、1965年にはカロリーベースで70%以上ありましたが、現在は38%です(生産額ベースでは58%)。同じカロリーベースで、カナダ266%、オーストラリア200%、アメリカ132%、フランス125%、ドイツ86%、イギリス65%、イタリア60%ですから、先進諸外国と比べてもその低さは突出しています。
日本の食料安全保障は、複数のファクターによって脅かされていますが、まずはこの低い食料自給率が根底にあります。その他、地政学リスク、耕作放棄地の問題、気候変動リスク、自然災害リスクなどさまざまなリスクに晒されており、国家としての総合対策が必要です。
食料自給率の低さは、国内の食料生産では需要を満たすことができていないことを物語りますが、穀物(飼料含む)の自給率が28%、肉が53%、魚介類が57%など、品目ごとに見ても自給が困難な状況が続いています。
穀物は、海外輸入に頼る小麦などよりも、日本の主食であるコメを見直すべきでしょう。ウクライナ戦争で小麦が高騰し、米粉での代用や米粉の活用が注目されていますが、国の政策としては、長くコメの減反を進め、米国やアジアの海外米を輸入するなど、本末転倒なことを続けてきました。
もともと減反政策はコメ余りが顕著だった1970年に始められたものですが、2018年には廃止されました。しかし農水省は、廃止後もコメから転作する農家への補助金を継続するなど、矛盾した政策を継続しています。その結果、人口減少の影響もあり、コメの生産量は右肩下がりの状況が続いています。
ちなみに、農水省はどっちを見て仕事をしているのだろうと感じることがままあります。例えば、先日、福島原発の処理水を海洋放出した際、中国が日本産海産物の全面禁輸措置を執りましたが、その時に、農水大臣が「まったく想定していなかった」と発言したことには驚きました。また、以前、バターやチーズなどの乳製品不足が深刻になった時期があり、国内牛乳の増産を推進していたかと思えば、その後一転、今度は牛乳が供給過剰になると、まずは乳製品の輸入を制限すれば良いものを、輸入は一切止めずに、国内の酪農家に牛乳の廃棄を余儀なくさせ、さらには、乳牛を殺処分すると補助金を出すなど、まったく何という愚かなことをしているのかと感じたこともあります。
耕作放棄地の問題も深刻です。農地のうち約42万ヘクタールが耕作放棄地になっている現状は、食料自給率を向上させる上での大きな障壁です。しかし、これらの土地を農地として復活させることができれば、自給率の向上に大きく寄与することが期待できます。農地の適切な利用と管理、新たな農業参入者の支援、地域コミュニティの強化が急務です。
地政学リスクとしては、いわゆる台湾有事が現実化して台湾海峡が封鎖されるような事態になれば、日本への食料サプライチェーンが断たれて危機的な状況になります。兵糧攻めを想定した食料の備蓄や、国際的な貿易ルートの安全確保は重要な課題と言えます。
政府は、「食料、農業、農村基本計画」を通じて食料自給率を2025年までに50%に引き上げる目標を掲げています。このためには、農業の技術革新、労働力の確保、さらには前述の耕作放棄地問題の解決が不可欠です。そしてそれ以上に、輸入食糧に依存した市場の構造転換やサプライチェーンの再構築、すなわち、国産食料の価格競争力の強化やそれに伴う需要喚起という課題もあります。
技術革新については、AI、ドローン、ロボティクス等々の導入や、栽培に必要なさまざまなデータの活用で、生産性の向上、コスト削減、品質向上などが期待できますが、高齢化や導入予算の問題などがあり、大規模化やJAの役割を見直すことなどが必要だと思います。
余談ですが、石川県羽咋市に神子原村というかつて限界集落だった村があります。人工衛星データを活用した高品質のコメ作りに挑戦し、そのコメをローマ法王に献上したことで有名になりました。「神子原米」と命名されたそのコメは、高値で取引される人気ブランド米となり、神子原村に移住する人たちも増えて村は見事に再生しました。それを仕掛けたのは当時地元の役場に勤めていた高野誠鮮さんという地方公務員だったのですが、10年程前に神子原村を訪ねて彼に会ったことがあります。保守的な農業の分野でのチャレンジを成功させるには、単にテクノロジーを導入するだけでは難しく、ビジネス経験があり「スーパー公務員」とも呼ばれた高野さんのようなビジネスプロデューサーの存在が不可欠と感じました。
また、数年前に宮城県のイチゴ農園を訪問したこともあります。もともと東京でIT企業を経営していた岩佐大輝さんが、東日本大震災で壊滅した地元の立て直しのために、テクノロジーやデータを活用したイチゴ栽培の農業法人を立ち上げて「ミガキイチゴ」という高品質のイチゴ作りに挑戦していたので、彼に会いに行ったのです。その時にも、頑ななイチゴ農家を説得して、イチゴ作りのスタイルを一新するための協力を取り付けるまでには、相当な苦労があったと聞きました。農業改革には、並々ならぬ起業家精神が求められることも間違いありません。
食品廃棄という問題もあります。日本では年間約640万トンもの食品が廃棄されていると言います。賞味期限などに関する消費者の意識改革、効率的な物流・保存技術の導入、そして法制度の整備を通じて、食料ロスを削減することも、自給率を間接的に向上させる取り組みとしてとても重要です。
安全保障というと、防衛費や経済安全保障の問題に焦点が当てられがちですが、国家の役割として最も重要なことは、国民の命を守ることです。政府には、何があっても国民を飢えさせないという決意を見せて欲しいところです。日本の食料安全保障を強化するには、早急に食糧自給率を50%どころか100%以上に高めるという目標をまず国が明確に打ち出す必要があります。その上で、ここで述べたような多面的な取り組みを相互に連携させて、食糧自給率の向上を図っていくことが急務です。
前述の通り、米国の自給率は132%ですが、かつて、ジョージ・W・ブッシュ元大統領は、次のように述べています。
「食料を自給できない国を想像できるか。そんな国は国際的な圧力と危険に晒されている国だ。米国民の健康を守るため、輸入食品に頼らなくてもよいことはなんとありがたいことか」
今の日本政府にはあまり期待できませんが、国家の優先順位を間違えると国が衰退していきます。いくら防衛費を増強したところで、いざという時に食料がなければ話になりません。実際、太平洋戦争中、国民は食糧難に苦しみました。輸出に力を入れている農家や食材メーカーから猛反発されるのは覚悟の上ですが、国産食料の輸出に力を入れるのは、自給率100%以上を達成してからでも遅くはありません。「世界で日本食がブーム、インバウンドも日本食が大好き」などと浮かれている間に、このままでは、日本の食材が異常に高騰したり買い負けしたりで、自給率を上げるどころか、これまで当たり前に食べていた日本の食材が、日本の食卓から消えていくことにもなりかねません。
※本記事は有料メルマガ『『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~』2023年10月20日号の一部抜粋です。興味をお持ちの方はこの機会にご登録ください。
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