ヒトの脳組織を培養した「ミニ脳」でコンピューターの構築に成功。日本語音声認識や数学理論を理解
日本語音声認識や数学理論を理解
米国インディアナ大学ブルーミントン校の研究チームが開発したバイオコンピューターは、培養した人間の脳組織が組み込まれた文字通り”生きたコンピューター”だ。
どんなコンピューターにも敵わない人間の脳のパワーの秘密は、ニューロン(神経細胞)がプロセッサーとメモリの両方の役割を果たすことで生まれる効率性にある。
人間の幹細胞から培養した脳オルガノイド(生体外で3次元的に作られたミニ脳)を搭載した「Brainoware」は、コンピューターを脳に近づけようという試みをさらに一歩進めたもので、人間の音声を認識したり、カオスのような非線型方程式を予測したりすることに成功している。
脳を構成するニューロン(神経細胞)の数は平均860億個、それらが最大1000兆個のシナプスで結びつく。それぞれのニューロンが結合するニューロンは最大1万にも達し、それらが常に発火し、お互いにコミュニケーションを取り合う。
そうやって織りなされた脳の活動を人工的なシステムで再現しようという試みは、ただ脳の凄さを思い知らされる結果にしかなっていない。
2013年、当時世界最速のスーパーコンピューターのひとつだった理化学研究所の「京」によって、脳のシミュレーションが行われた。
だが、8万2944個のプロセッサーと1ペタバイトのメインメモリを搭載する京であっても、17億3000万個のニューロンの活動たった1秒分をシミュレートするのに、じつに40分もかかったのだ。
最近では、脳の構造や働き方を真似することで、どうにかハードウェアやアルゴリズムの性能を脳に近づけようと試みられている。
こうしたアプローチを「神経形態学的コンピューティング」といい、一定の進歩が見られるが、エネルギーの消費が大きく、人工ニューラルネットワークの学習にも時間がかかる。
機械で無理なら、コンピューターに本物の人間の脳を組み込んでしまおうというのだ。
もちろん人間の頭から脳を取り出して使用したわけではない。研究チームが使用したのは、ヒトの多能性幹細胞から成長させた「オルガノイド」というミニ脳だ。
(上段左から右へ)培養7、14、28日目のヒト脳オルガノイド。(下段左から右へ)培養1、2、3ヶ月目 / image credit:Cai et al., Nat. Electron., 2023
これは本物の脳ではなく、思考・感情・意識といったものはないが、構造や結合は脳そのもので、脳と同じように機能する。
この脳オルガノイドを一般的なコンピューターにつないで開発されたのが、生きたコンピューター「Brainoware」だ。
Brainowareの仕組みを示した図 / image credit:Cai et al., Nat. Electron., 2023
このバイオコンピューターは、「リザバー・コンピューティング」というアプローチを用いたもので、高密度の電極アレイを介して、脳オルガノイドとコンピューターの間で情報をやり取りすることで機能する。
リザバー・コンピューティングの”リザバー”とは、ため池のこと。池に石を次々に投げ込むと、水面に波紋が変化しながら広がるが、それが広がる様子を調べれば、どのような石が投げ込まれたのか知ることができる。
このように一連の情報を入力したときに生じる”波紋”から、入力された時系列データのパターン認識を行うのがリザバー・コンピューティングだ。
そしてコンピューターに組み込まれた脳オルガノイドは、このリザバーの役割を果たす。
脳オルガノイドの活動をスキャンしたもの / image credit:Cai et al., Nat. Electron., 2023
するとBrainowareは、わずか2日分の学習の後、78%の正解率で話者を区別できるようになった。
さらにBrainowareに、エノン写像(シンプルでありながら、複雑な振る舞いを見せるカオス理論の数学的モデルのひとつ)の予測もさせてみた。
すると4日分のトレーニングで、長・短期記憶ユニットを持たない人工ニューラルネットワークよりも正確に予測してのけたのだ。
Brainowareの予測精度は、長・短期記憶ユニットを備えた人工ニューラルネットワークには劣っていたという。だが、そうしたネットワークが50日分の学習を済ませていたのに対して、Brainowareはその10分の1以下の学習時間で、ほぼ同じ正確さを身につけていた。
「オルガノイドの高い可塑性と適応性のおかげで、Brainowareには、電気刺激に反応して変化・再編成する柔軟性がある。これは適応型リザバー・コンピューティングの実力を際立たせるもの」と、論文では説明されている。
このようなバイオコンピューターは、オルガノイドの生命を維持する方法や、周辺機器の消費電力量といった技術的な問題だけでなく、倫理的な側面にも配慮する必要がある。
それでも人間の脳組織を組み込んだBrainowareには、高度なコンピューター技術としてはもちろん、人間の脳の秘密を解明するツールとしても、大きな可能性が秘められている。
この研究は『Nature Electronics』(2023年12月11日付)に掲載された。
References:Brain organoid reservoir computing for artificial intelligence | Nature Electronics / Human Brain Cells on a Chip Can Recognize Speech And Do Simple Math : ScienceAlert / written by hiroching / edited by / parumo
どんなコンピューターにも敵わない人間の脳のパワーの秘密は、ニューロン(神経細胞)がプロセッサーとメモリの両方の役割を果たすことで生まれる効率性にある。
人間の幹細胞から培養した脳オルガノイド(生体外で3次元的に作られたミニ脳)を搭載した「Brainoware」は、コンピューターを脳に近づけようという試みをさらに一歩進めたもので、人間の音声を認識したり、カオスのような非線型方程式を予測したりすることに成功している。
スーパーコンピューターに匹敵する人間の脳のパワー
人間の脳は、自然に作られたとは信じ難いほど、精巧なシステムだ。脳を構成するニューロン(神経細胞)の数は平均860億個、それらが最大1000兆個のシナプスで結びつく。それぞれのニューロンが結合するニューロンは最大1万にも達し、それらが常に発火し、お互いにコミュニケーションを取り合う。
そうやって織りなされた脳の活動を人工的なシステムで再現しようという試みは、ただ脳の凄さを思い知らされる結果にしかなっていない。
2013年、当時世界最速のスーパーコンピューターのひとつだった理化学研究所の「京」によって、脳のシミュレーションが行われた。
だが、8万2944個のプロセッサーと1ペタバイトのメインメモリを搭載する京であっても、17億3000万個のニューロンの活動たった1秒分をシミュレートするのに、じつに40分もかかったのだ。
最近では、脳の構造や働き方を真似することで、どうにかハードウェアやアルゴリズムの性能を脳に近づけようと試みられている。
こうしたアプローチを「神経形態学的コンピューティング」といい、一定の進歩が見られるが、エネルギーの消費が大きく、人工ニューラルネットワークの学習にも時間がかかる。
実験室で培養した人間の脳組織を組み込んだバイオコンピューター
米インディアナ大学ブルーミントン校のグオ・フェン氏らは、それとはまた異なるアプローチで脳のスーパーパワーに迫ろうとしている。機械で無理なら、コンピューターに本物の人間の脳を組み込んでしまおうというのだ。
もちろん人間の頭から脳を取り出して使用したわけではない。研究チームが使用したのは、ヒトの多能性幹細胞から成長させた「オルガノイド」というミニ脳だ。
この脳オルガノイドを一般的なコンピューターにつないで開発されたのが、生きたコンピューター「Brainoware」だ。
このバイオコンピューターは、「リザバー・コンピューティング」というアプローチを用いたもので、高密度の電極アレイを介して、脳オルガノイドとコンピューターの間で情報をやり取りすることで機能する。
リザバー・コンピューティングの”リザバー”とは、ため池のこと。池に石を次々に投げ込むと、水面に波紋が変化しながら広がるが、それが広がる様子を調べれば、どのような石が投げ込まれたのか知ることができる。
このように一連の情報を入力したときに生じる”波紋”から、入力された時系列データのパターン認識を行うのがリザバー・コンピューティングだ。
そしてコンピューターに組み込まれた脳オルガノイドは、このリザバーの役割を果たす。
音声の識別や簡単な数学モデルの予測に成功
研究チームは、Brainowareの実力を確かめるため、まず8人の男性が日本語の母音を発音する音声を聴かせて、その声から発声者を当てるよう指示してみた。するとBrainowareは、わずか2日分の学習の後、78%の正解率で話者を区別できるようになった。
さらにBrainowareに、エノン写像(シンプルでありながら、複雑な振る舞いを見せるカオス理論の数学的モデルのひとつ)の予測もさせてみた。
すると4日分のトレーニングで、長・短期記憶ユニットを持たない人工ニューラルネットワークよりも正確に予測してのけたのだ。
Brainowareの予測精度は、長・短期記憶ユニットを備えた人工ニューラルネットワークには劣っていたという。だが、そうしたネットワークが50日分の学習を済ませていたのに対して、Brainowareはその10分の1以下の学習時間で、ほぼ同じ正確さを身につけていた。
「オルガノイドの高い可塑性と適応性のおかげで、Brainowareには、電気刺激に反応して変化・再編成する柔軟性がある。これは適応型リザバー・コンピューティングの実力を際立たせるもの」と、論文では説明されている。
このようなバイオコンピューターは、オルガノイドの生命を維持する方法や、周辺機器の消費電力量といった技術的な問題だけでなく、倫理的な側面にも配慮する必要がある。
それでも人間の脳組織を組み込んだBrainowareには、高度なコンピューター技術としてはもちろん、人間の脳の秘密を解明するツールとしても、大きな可能性が秘められている。
この研究は『Nature Electronics』(2023年12月11日付)に掲載された。
References:Brain organoid reservoir computing for artificial intelligence | Nature Electronics / Human Brain Cells on a Chip Can Recognize Speech And Do Simple Math : ScienceAlert / written by hiroching / edited by / parumo
コメント