睡眠の意味:人間の脳には「異物や老廃物を外部に排出する機能」が備わっていることが判明。
そのメカニズムは睡眠中にのみ働く。従って睡眠は必須!
睡眠中に脳は「自らの清掃をおこなっている」
アメリカの医学系の名門であるワシントン大学セントルイス校の医学部の研究者たちが、
「脳のニューロン(神経細胞)が、脳に蓄積した老廃物を排出させるプロセス」
を発見したというニュースリリースがありました。
私は、「脳という器官は、異物や老廃物を外部に排出するメカニズムを持っていない」と思っていましたので、「排出する機能があるんだ」と驚いた次第です。
外部に排出するメカニズムを持っていないからこそ、「血液脳関門」という強力なバリアが存在するのだろうなと思っていました。
それだけに、スパイクタンパク質が「血液脳関門を破壊する」ということがわかった時には懸念があったんですね。
血液脳関門が破壊されると、基本的な脳保護のバリアが効かなくなり、異物や病原体が脳に流入してしまいます。血液脳関門が破壊されるとどうなるのかは、以下の記事で論文をご紹介しています。
血液脳関門が破壊されると、どうなってしまうのか
In Deep 2023年4月13日
しかし、考えてみれば、外部から入ったものではなくとも、脳自体で常に老廃物などの異物を生成しているわけですから、「排出機能はあって当たり前」なのかもしれません。
それが今まで知られていなかったと。
興味深いのは、
「脳からの異物排出のメカニズムが作用するのは、眠っている時だけ」
ということでした。
なぜ、人間には他の動物たちにはないような長い睡眠時間が必要である仕組みがあるのかは、いろいろと議論のあるところでしょうが、その中のひとつに、
「脳の清掃がおこなわれる」
ということが、睡眠の意味のひとつにあるようです。
ですので、適切な時間の睡眠というのは、脳の状態をクリーンに保つためにも必要なことなのかもしれません。
まず、ワシントン大学セントルイス校のニュースリリースをご紹介させていただきます。
ニューロンは睡眠中に脳から老廃物を排出するのに役立つ
Neurons help flush waste out of brain during sleep
Washington University School of Medicine in St. 2024/02/28
この研究結果は、アルツハイマー病やその他の神経疾患に対する新たなアプローチにつながる可能性がある
睡眠には矛盾がある。その見かけの静けさは、脳の活発な活動と並行している。夜の環境は静かだが、脳はまだ眠っていないのだ。睡眠中、脳細胞は電気パルスのバーストを生成し、それが蓄積されてリズミカルな波になる。これは脳細胞の機能が高まっていることの兆候だ。
しかし、なぜ私たちが休んでいるときに脳は活動しているのだろうか。
遅い脳波は、安らかなさわやかな睡眠と関連している。そして今回、ワシントン大学セントルイス校医学部の科学者たちは、脳波が睡眠中に脳から老廃物を洗い流すのに役立つことを発見した。
個々の神経細胞が連携してリズミカルな波を生成し、高密度の脳組織に液体を送り込み、その過程で組織を洗浄するのだ。
論文の筆頭著者で病理学・免疫学科の博士研究員であるリー・フェン・ジャン-シー (Li-Feng Jiang-Xie)博士は以下のように説明する。
「これらのニューロンは小型のポンプといえます。同期した神経活動は、体液の流れと脳からの破片の除去に力を与えます」
「このプロセスを発展させることができれば、代謝老廃物やジャンクタンパク質などの過剰な老廃物が脳内に蓄積して神経変性を引き起こすアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経疾患を遅らせたり、予防したりできる可能性があります」
この研究結果は、2月28日にネイチャー誌に掲載された。
脳細胞は思考、感情、体の動きを調整し、記憶の形成と問題解決に不可欠な動的なネットワークを形成する。しかし、このようなエネルギーを必要とする作業を実行するには、脳細胞に燃料が必要だ。食事から栄養素を摂取すると、その過程で代謝廃棄物が生じる。
病理学・免疫学のアラン・A・ウルフ博士たちは以下のように述べる。
「蓄積して神経変性疾患の一因となる可能性のある代謝老廃物を、脳が処理することが重要なのです」
「睡眠は、覚醒中に蓄積した老廃物や毒素を洗い流すために脳が浄化プロセスを開始する時間であることを私たちは知っていました。しかし、それがどのようにして起こるのか、私たちは知りませんでした。これらの発見は、有害な廃棄物の除去を加速し、悲惨な結果につながる前に除去するための戦略と潜在的な治療法を私たちに示すことができるかもしれません」
しかし、密集した脳を掃除するのは簡単な作業ではない。脳を取り囲む脳脊髄液は、複雑な細胞網に入り込み、通過しながら有毒廃棄物を収集する。
脳から出る際、汚染された液体は、硬膜(頭蓋骨の下で脳を包んでいる外側の組織層)のリンパ管に溢れる前に、障壁を通過する必要がある。
しかし、脳への液体の流入、脳内への移動、および脳からの液体の移動に動力を与えているのは何なのだろうか。
研究者たちは、眠っているマウスの脳を研究した。すると、ニューロンが協調して電気信号を発火させて脳内にリズミカルな波を発生させ、脳の清掃活動を推進していることを発見したと、神経生物学者のジャン・シェ氏は説明した。彼らは、そのような波が流体の動きを推進すると判断した。
研究チームは脳の特定の領域を沈黙させ、その領域のニューロンがリズミカルな波を生み出さないようにした。これらの波がなければ、新鮮な脳脊髄液が沈黙した脳領域を流れることができず、閉じ込められた老廃物が脳組織から出ることができない。
キプニス氏は以下のように言う。
「私たちが眠る理由の一つは、脳を浄化することです」
「この浄化プロセスを強化できれば、おそらく睡眠時間を減らして健康を維持することが可能になるでしょう。誰もが毎晩 8時間の睡眠の恩恵を受けられるわけではなく、睡眠不足は健康に影響を及ぼします」
「他の研究では、遺伝的に睡眠時間が短いマウスは健康な脳を持っていることが示されています。それは脳から老廃物をより効率的に除去するためなのでしょうか? 不眠症に悩まされている人々の脳の浄化能力を強化して、睡眠時間を減らしても生活できるようにすることはできないのでしょうか」
脳波パターンは睡眠サイクル全体で変化する。注目すべきことに、振幅が大きく、高さが高い脳波は、より大きな力で体液を動かす。
研究者たちは現在、なぜ睡眠中にニューロンがさまざまなリズムで波を発射するのか、そして脳のどの領域が老廃物の蓄積に最も弱いのかを理解することに興味を持っている。
ジャン・シー氏は以下のように説明する。
「脳の洗浄プロセスは皿洗いに似ていると考えています」
「たとえば、皿の上に飛び散った可溶性廃棄物をきれいにするためには、大きくゆっくりとリズミカルに拭く動作から始めると思います。次に、動きの範囲を狭め、これらの動きの速度を上げて、皿の上の特に粘着性の食品廃棄物を取り除きます」
「手の動きの振幅やリズムはさまざまですが、食器からさまざまな種類の廃棄物を除去するという全体的な目的は一貫しています。おそらく脳は老廃物の種類と量に応じて掃除方法を調整しているのでしょう」
ここまでです。
ここに出てくる研究者のひとりは、脳の自主的な清掃を皿洗とに例えていますが、そういうことが「眠っているときにだけ行われている」ようです。
このメカニズムが、たとえば、脳に到達した脂質ナノ粒子やスパイクタンパク質の排出にも役立つのかどうかはわからないですが、ある程度の排出は眠っているときに行われているのではないでしょうか。
それでも、以下にありますように、死後の脳からは、脳のいたるところにスパイクタンパク質が見出されてはいますが、多少は蓄積の程度を軽くするようなことは起きていても不思議ではないです。
睡眠の意味
ちょっと話は飛びますけれど、この「睡眠の意味」というのは、様々にあるものでして、もちろん一義的には以下にありますような身体の疲れなどをとったりというようなことは言われます。
「なぜ睡眠が必要なの?」より
睡眠中は、ただ体を休めるだけではなく、心身の修復や記憶の整理をしています。まず体は、眠っている間に成長ホルモンを分泌し、疲れをとり、傷んだ部分を修復します。
また、日中に見たことや学習したことを脳に定着させたり、整理したりするのも睡眠の効果です。つまり、睡眠は心身の休息とメンテナンスのためにあるのです。
しかし、それ以上に、睡眠にはいろいろな意味があるのだろうなと思います。
ちなみに、日本人の睡眠時間は「世界最短」です。
これは「分」で表示されていますが、日本人の平均睡眠時間は、時間でいえば 7時間22分です。1位の南アフリカが 9時間13分ですので、2時間くらい短いですね。
少子化の先頭を走る日本と韓国が、ここでも 1位 2位となっていますが、しかし、私自身で考えてみますと、日本人の平均である 7時間22分も日々眠っているかというと、そういう日はあまりないです。6時間あるかどうかというところでしょうかね。
そして、若い人たちは深夜までスマホなどを見て過ごす時間が長い人などもいますでしょうし、夜12時前に眠りにつく若い人は今は珍しいように思いますので、実際の日本人の睡眠時間の平均はもっと短い気もしないでもないです。
そういえば、さらに関係ない話ですが、1923年にノーベル文学賞を授賞した詩人の W.B.イェイツさんが、自動書記での経験と、「見えざる指導者たちから受けた見識」について書き上げた『ヴィジョン』という著作には、以下のような下りがあります。これも見えざる指導者たちから受けた見識なのかどうかは今ひとつ明らかではないです。
カッコなどはすべて原文のままです。
W.B.イェイツ『ヴィジョン』- 審判を受ける魂より
われわれが、通常の睡眠において心象を見るのは、自身の過去に関係のあった人びとなのではなく、一般の死者たちの《夢見回想》がもとになっている。
夢が混乱するのは、そのほとんどの場合、現れるイメージは誰か未知の人から出ているのに、感情、名称、ことばづかいは自分たちだけに通用するものだからである。
何年か自分のみる夢をずっと観察してきてわかったのだが、夢をことばによって見ているかぎりでは、たとえば、私の父は背が高く顎ひげをはやしていたのを知る。
ところが、夢にイメージをみるときは、目覚めてすぐその夢を検討してみると、夢の中の父は腰掛けとか、望遠鏡の接眼レンズとかで表されていて、自然のままの姿をしていたためしはない。
つまり、われわれは睡眠中、具体的な記憶は捨て去っているが、(われわれに作用する「記録」との接触がなくなる)抽象的な記憶はとどめていることになる。
イェイツさんによれば、「睡眠中に見る夢は、死者たちの夢見回想がもとになっている」ということのようで、まあ、睡眠中というのは、一種の「死者の意識との交流の時間」だというようにもとらえられることを書いています。
結局、眠っているときというのは、
・死者の意識や、死者の思い出と交流
しながら、
・物理的な脳の神経細胞が、脳からの異物や老廃物の清掃をおこなっている
ということになるのでしょうかね。
上のイェイツさんの記述には、
> われわれは睡眠中、具体的な記憶は捨て去っているが
ともあり、物理的な脳の清掃と共に、「記憶の清掃」もおこなっているのかもしれません。
「過眠症」というような疾患が言われることもありますが、この過眠症にも、脳の清掃という意味から考えると、理由がありそうです。脳の状態に問題があるときに「脳が、本人に睡眠を強制的にとらせる」みたいな。
そういえば、私がベンゾジアゼピンの断薬を始めた頃、頻繁にナルコレプシーのような失神的な眠気に襲われたことがよくありました。こちらの記事などでふれています。数十年のベンゾジアゼピン服用で脳神経がズタズタになっていたかもしれず、「睡眠による修復が必要な期間」ということだったんでしょうかね。今はまったくないです。
いずれにしても、日本人は、もう少し睡眠というものを大事にしたほうがいいのかもしれないですね。
ただ、オーストラリア生活医学協会という組織のページには、以下のようにあり、南アフリカ人のように、毎日 9時間以上も眠ることには問題もあるのかもしれません。
> 研究によると、睡眠が少なすぎる(7 時間未満)とアミロイドベータとタウのレベルが上昇するが、 睡眠が多すぎる(9時間以上)ことは記憶力とエピソード学習の低下に関連している。lifestylemedicine.org.au
脳の清掃メカニズムや詩人イェイツの主張などを見聞し、単純な話として、日本人はもう少し睡眠を大事にとらえたほうがいいのだろうなとは思いました。
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