植田日銀の「利上げ」は意味不明-高橋洋一

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植田日銀の「利上げ」は意味不明-高橋洋一

日本経済をブチ壊し、雇用も賃金も押し下げる「岸田政権の大失策」になりかねない

やはり、やってしまったか…

日銀は7月31日の金融政策決定会合で政策金利を0.1%から0.25%へと利上げした。債券関係者に対する事前の調査では、「日銀は利上げを見送る」との予想が74%だったので、意外感があった。

ただし、見送るという予想の根拠は、「円高基調になっているので早急な利上げの必要性が薄れた」というものだった。為替のために金利を動かすというのは、インフレ目標下での金融政策として不合理で、債券関係者の肌感覚としては見送りが妥当だったのだろう。

案の定、今回も前日の夜から、日銀からのリークが情報源と思しき利上げ報道が複数のマスコミからあった。このリークを受けて株式市場は下落し、為替市場は円高に振れた。その後揺り戻しもあり、日銀の本決定を受けて、株価や為替の値動きは荒くなった。

筆者は、「ビハインド・ザ・カーブの原則(下図)から利上げは時期尚早であるが、日銀は前のめりなので、実際には利上げをやりかねない」という立場だったので、やはりやってしまったかという感想だ。「予測を外さなかった」という個人的なつまらない満足感は多少あるが、日本経済全体については望ましいことではない。

さっぱりわからない

今回の金融政策決定会合をみると、利上げに賛成は植田総裁、氷見野副総裁、内田副総裁、安達委員、中川委員、高田委員、田村委員。いっぽう反対は中村委員、野口委員だった。賛成の幹部は岸田政権での任命者5名と安倍・菅政権での任命者2名、反対は安倍・菅政権での任命者2名だった。

岸田政権における任命者で総裁・副総裁を含む過半数の5名を握っている以上、現下の金融政策は、安倍・菅政権でのアベノミクス(インフレ目標下でのオーソドックスな金融政策運営)ではもうないと言ってもいいだろう。

今回、同時に発表された経済・物価情勢の展望(『展望レポート』)を見てみよう。

2024年度の実質経済成長の見通しは0.5~0.7%と、4月時点の0.7~1.0%より下方修正となっているが、消費者物価(除く生鮮食品)は2.5~2.6%と完全にインフレ目標の許容範囲内だ。しかも4月時点の2.6~3.0%と比べると下方修正なので、植田総裁は「インフレの上振れリスクがある」と言うが、なぜ利上げなのか部外者からはさっぱりわからない。

なお、2025年度の見通しは実質経済成長が0.9~1.1%、物価は2.0~2.3%と、ここからも利上げというデータは出てこない。ちなみに、物価連動債から市場が予想するインフレ率は1.6%程度だ。

笑いが止まらないのは誰だ?

今回、利上げとともに、長期国債の月間買入額を2026年1-3月に3兆円程度とすることも決められた。

筆者は、これまで植田日銀を「労働者の雇用確保よりも金融機関の味方をする」と説明してきたが、今回の決定もその方向だ。付利の対象となる金融機関の日銀当座預金残高は520兆円程度あるが、今回の追加利上げで 日銀当座預金金利も上がり、ざっくり7800億円の収益増になる。

ちなみに、企業の金融機関に対する当座預金の金利はゼロだ。リークを受けての早耳行動と実際の利上げで儲けて、金融機関は笑いが止まらないだろう。

しかし、経済への悪影響は避けられない。植田総裁は、記者会見で「経済にブレーキをかけない」といったが、利上げ直後の株価は、8月1日前日比975円49銭安、翌2日2216円63銭で3万5909円70銭まで下がった。

住宅ローン金利や企業の資金繰り、賃金や雇用などにどのような影響が出るか。また、金利上昇による恩恵を受けられるのはどのような人か。

まず、短期金利に連動する連動型住宅ローン金利や企業の資金繰り金利は引き上げになる。それぞれ0.15%程度の引き上げだろう。

一方、預金金利も引き上げられるが、今のところ0.1%程度の引上げにとどまる見込みだ。この短期金利のところだけをみると、借入者はマイナス、預金者はプラス、金融機関はややプラスかトントンだ。

ただし、上に書いたように、金融機関は日銀当座預金での金利が上がるので、大きなプラスになる。この部分は政府の歳入減となるので、政府から金融機関への補助金と考えてもいい。

実体経済にはマイナスになる

短期金利の上昇は、長期金利にも波及するだろう。というのは、日銀は今後2年程度国債買入額を減額する予定であるので、金利上昇要因になる。

穿った見方をすれば、今後2年程度、政策金利も引き上げる可能性があるので、こうした金利先高感は長期金利の上昇圧力になる。長期金利の上昇があれば、固定型住宅ローン金利や企業の設備投資の金利が上昇する。

長期金利の上昇は、政府の資金調達コストを高め、財政健全化に支障が出ると言われる。だが、たしかに負債サイドの利払費の増加要因にはなるものの、一方で資産サイドの運用利回りアップになり、影響はほとんど相殺されるので、マスコミが報道するほど政府にとって金利上昇は財政悪化要因ではない。

この点、マスコミは財務省が垂れ流す情報を鵜呑みにしている。むしろ、本来であれば税外収入として日銀納付金増加になり、財政収入に貢献すべきものを、金融機関に日銀当座預金金利という「お小遣い」を与える状況になっているのだ。財政当局にとっては「金融機関に恩を売りながら、財政危機を演出できて好都合」と考えているのではないか、と邪推してしまいそうだ。

 

いずれにしても今回の日銀の利上げは、金融機関にだけ便益を与えるいっぽう、実体経済にはむしろマイナスだ。雇用に悪影響が出て、ひいては賃金にもいい結果をもたらさないかもしれない。

失業が増えるおそれ

また、今回の利上げと同時期に行われた最低賃金の引き上げも、雇用にはマイナスだろう。

今回の岸田政権の「5.0%相当の50円引き上げで、最低賃金を1054円に」という決定は、民主党政権の2010年に行われた賃上げに次いで、2番目に乖離が大きい。かつての民主党政権のようにかえって雇用を作れず、失業が増加する可能性もある。

筆者は安倍政権時代、労使双方が納得するような「穏便な形」での最低賃金の引き上げに関する算式を導出したことがある。ただし、それは今から9年近く前なので、改めて「穏便な形」での最低賃金を算出すると、6.9から前年の失業率に1.2を乗じた数を引いたのが最低賃金上昇率となった。前年の失業率は2.6%なので、今回は3.7%程度にとどめておくべきだった。

 

今回の植田ショックを、長期的な視点からも見てみよう。日本の金融政策はどのように変遷してきたのか。インフレ目標が導入された後、植田総裁体制になって変化はあったのか。

世界銀行のデータ(140〜160各国程度)で各国のマネー伸び率を10年程度の平均値でみて、日本の金融政策を考察してみよう。

1980年代中頃から10年間は、日本のマネー伸び率は世界で120位程度だった。

1990年代半ばから20年間は世界で最下位。

2010年代半ばから10年間は少し盛り返して145位程度。先進国の中ではそれぞれ、トップクラス、最下位、最下位から脱出したが下の方、という推移だ。

マネー伸び率は、名目経済成長率と相関係数0.9程度の極めて高い相関をもっているので、マネー伸び率がそのまま名目経済成長率の順位となっているとみていい。

日本「一人負け」の歴史

日本はざっくり言えば、1980年代までは結構まともな金融政策が行われていて、それにより高度成長を実現していた。しかし1990年のバブル崩壊後は「羹に懲りて膾を吹く」かのように緊縮気味の金融政策を続けた。

この金融引き締めは誤りだったが、日銀官僚の無謬性により緊縮が繰り返され、結果として世界最低水準のマネー伸び率が続いて、「失われた20年」になった。典型的には白川日銀は、頑なに世界標準のインフレ目標を拒否した。

また、リーマンショック時に世界各国が金融緩和で対抗しようとしたのに対し、白川日銀は緩和せずに円独歩高を招き、日本だけが一人負けとなった。安倍政権の誕生で、インフレ目標を導入してやや戻したが、「失われた20年」を取り戻すには至っていない。

安倍政権の金融政策は、政府と日銀のアコードによる世界標準のインフレ目標政策だ。これで最低失業率を目指すとともに、デフレ脱却も目指した。

安倍政権では二度の消費増税を行い、その後にはコロナショックもあったので、デフレからの完全脱却はできなかったが、「失われた20年」よりはマシだった。特に、金融政策の最低ラインである雇用の確保については、安倍政権は歴代最高のパフォーマンスだった。

これは岸田政権の問題だ

黒田日銀は、2016年9月に導入したイールドカーブ・コントロール(YCC、長短金利操作)で金融緩和をやや弱めたが、基本的には政府とのアコードどおり、インフレ目標には忠実だった。二度の消費増税やコロナショックがなければ、雇用確保とともにインフレ目標も達成できただろう。

植田日銀には消費増税もコロナもないが、利上げ(金融引き締め)に前のめりで、インフレの上振れリスクがないにもかかわらず利上げするなど、必ずしもインフレ目標に忠実とはいえない。

インフレ目標は、ルールに基づき属人的な金融政策を排するものだが、ルールに忠実でない総裁を任命すると、お手上げだ。総裁の任命責任を含めて、これは岸田政権の問題だ。

いま日本はデフレ脱却の大チャンスにいるが、岸田政権自体の緊縮気味な財政運営とともに、金融政策も引き締め気味なので、下手をすると「失われた20年」に逆戻りする可能性も否定できない。


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