ミナミのライト らいとライフ「アシュタール:自然に身体から抜けることが出来るのです」

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ミナミのライト らいとライフ「アシュタール:自然に身体から抜けることが出来るのです」

ミナミAアシュタールRadio593

「ムリはしないでくださいね」

vol.1031 「それがあなたの特別な才能なのです」
vol.1032 「症状は身体からの回復のサイン」

老衰で死ぬのは悲惨!がんで死ぬ方がまし!?

じつは「老衰死」は悲惨…医師たちが「死ぬなら、がん」と口を揃えて言う「意外なワケ」

なる記事を読んでいたら

アシュタールからメッセージが

来ましたのでお伝えしますね^^

「自然に身体から抜けることが出来るのです」by アシュタール

「こんにちは こうしてお話できることに感謝します。

死ぬことを怖がらないでください。

死ぬときのために身体はしっかりと

用意しています。

死ぬ・・と言うより身体を脱ぐという

感じですね。

身体を脱ぐときのために快楽ホルモンが

出るように準備しているのです。

身体が動かなくなるのが死です。

ただそれだけの事です。


身体が動かなくなる前には少し違和感が

あります。

その違和感を和らげるために快楽ホルモンが

出るのです。

気持ち良く身体が動かなくなり、

気持ち良く身体という物質から意識が

抜け出ることが出来るように準備しています。


死ぬということはそんなに心配することでは

ありません。

死ぬときには痛い、苦しい思いをすると

思い込むことで、その状態を自分で作り

出していることもあります。

思考が先、現実はあと・・


あなた達に死を怖がらせるために、

痛い、苦しい思いをしなければ死ぬことが

出来ないと思い込むようにミスリードされて

しまっているのです。


どんな死に方であろうとも、死ぬときは

快楽ホルモンの作用で気持ちよく死ねます。

眠るように死ねるのです。

傍で見ていると苦しんでいるように見えても

本人は苦しくはないのです。

傍にいる人たちは、死ぬことは苦しいこと

だと思っているので、苦しそうに見える

だけなのです。


心配しないでください。

死ぬときは苦しくありません。

死ぬ段階に入ったら、まず生きたいという

気持ちがどんどん減ってきます。

生に対しての執着がなくなっていきます。

そして、それに伴って快楽ホルモンもでて

きますので、自然に身体から抜けることが

出来るのです。


身体から意識エネルギーが抜けても、

あなた自身は何も変わりません。

あなたの身体が動かなくなっても、

あなた自身のエネルギーは何も

変わらないのです。


死後、すぐにそれが理解できる人もいますし、

それが理解出来ずに少し時間がかかる人も

いますが、理解出来た時点でこのテラでの

体験を終わらせ、絶対無限の存在に戻ります。

絶対無限の存在に戻った時点で、テラで遊ぶ

ために持っていた個性のエネルギーは融合

します。

あなたのテラでの個性のエネルギー、思考は

絶対無限の存在に融合するのです。

絶対無限の存在のアカシックレコードと

なるのです。


死はそのようなものです。

特別なことではありません。

テラに生まれて来たすべての存在が

 

体験する事なのです。

人間だけではありません。

他の動物も植物も鉱物も物質として体験

しているすべての存在に訪れるものです。

それがテラでの遊びなのです。

時間という制約の中での遊びなのです。

その遊びを終えて家に帰るだけなのです。


あなたはテラからの帰り方も知っています。

帰る時に少しさみしさなどを感じますが

それはそれで楽しかったということです。

楽しかったから、帰る時に名残惜しさを

感じるのです。


いま、テラにいる時に、その身体を持って

いる時に、思いっきり楽しんでください。

帰る時のことを心配する必要はありません。

痛くも苦しくもないのです。

そして、帰る家も、帰り方も知っています。


そんな事を心配するよりも、いま思いっきり

楽しむことをお勧め致します。


あなたに愛をこめてお伝えいたします。」



ありがとう、アシュタール! 感謝します。

マイコメント

「老衰で死ぬよりガンで死ぬ方がはるかに良い」??

もう一つ、望ましい死に方として思い浮かぶのは、老衰死でしょう。十分に長生きをして、最後は眠るように亡くなる。なんとなく安らかなイメージがあるのでしょう。しかし、実際の老衰死はそんなに生やさしいものではありません。

私は在宅医療で、老衰のため息を引き取った患者さんを何人も看取りましたが、老衰死は死ぬまでがたいへんなのです。それまで元気でいて急に衰えるわけではなく、死のかなり前から全身が衰え、不如意と不自由と惨めさに、長い間、耐えたあとでようやく楽になれるのです。

落ちますから美味しいものを食べてもわからず、それどころか食べたら誤嚥して激しくむせ、そのたびに誤嚥性肺炎の危険にさらされ、腰、膝、肘とあらゆる関節痛に耐え、寝たきりになって、下の世話はもちろん、清拭や陰部洗浄、口腔ケアなどを受け、心不全と筋力低下で身体は動かせず、呼吸も苦しく、言葉を発するのも無理というような状況にならないと、死ねないのが老衰死です。

じつは「老衰死」は悲惨…医師たちが「死ぬなら、がん」と口を揃えて言う「意外なワケ」
から一部引用


ここに書かれていることは確かに事実です。
でも、なぜ老衰で亡くなる数日から数か月前からそのような苦しみを味わなければ
ならないのでしょうか?

私が思うに、それは肉体が疲弊しているからです。
今の薬剤漬けの加工食品や嗜好品、殺菌処理した野菜などを食べていれば身体が
知らず知らずのうちにダメージを受けてしまいます。
もう一つは普段から病院通いでもらっている大量の薬です。この薬が数年から
数十年という歳月の間の身体を蝕んでいき抵抗力を奪い、同時に体力も奪い内臓
の働きも落ちて行きます。
そのため、老衰前になると極端に体力が落ち、引用記事にあるような状態になって
しまうのです。
出来るだけ自然のものを食べ、薬もそれほど飲まない生活をしていれば老衰前に
極端な体力低下になりません。
昔の人はほとんどそうでした。そろそろと言う数日前から寝たきりの状態になり
或る日息を引き取るという死に方をしていました。
だから、病院へ行く必要もなく、臨終のときに先生が来て「ご臨終です」と伝え
られ、それでお終いなのです。あまり他人に迷惑のかけない死に方です。

今一度に日常の生活習慣や医者通いを見直した方が良いでしょう。



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