賃金上昇に歯止めをかけている要因

日本の実質賃金は1996年までおおむね、原則通りに決定されていました。1956年から1996年までの間、労働生産性は年4.8%で上昇し、雇用者1人当たり実質賃金の上昇率は3.4%でした。実質賃金の労働生産性への追随率が7割となり(*3)、完全に1対1の関係にならなかったのは、政府の規制が残っており、完全競争条件が満たされていなかったからです。

ところが、図表1に見られるように1997年以降、状況が一変し、「不都合な関係」となりました。上昇率は大幅に鈍化したとはいえ、バブル崩壊後も労働生産性はプラスの伸びを維持していました。経済理論が想定する世界であれば、実質賃金も上昇していなければなりません。

四半世紀にもおよぶ実質賃金下落の大きな原因は、資本の力が圧倒的に強くなり、雇用の流動化政策が実施されて、非正規労働者が増加したことにあります。

*3 1956~1996年を、1973年で前半(高度成長期)と後半(中成長期)に分けると、前半の追随率は78%、後半は同53%と低下した。

主張と行動が正反対の経営者たち

賃金の決定権は経営者側にあります。毎年12月、あるいは翌1月になると、経団連は次年度の春季闘争(春闘)に向けた経営者側の指針である「経営労働政策委員会報告」を公表しています。

「失われた10年」がようやく収束した2003年版の報告書(2002年12月17日公表)には、「人件費と利益の源である付加価値の向上がなければ、人件費はもとより雇用の保持すら危うくなる」との記述があります。

この文章は、裏を返せば「付加価値が向上すれば、人件費を増やすことができる」と解釈できます。しかし、現実には大企業の名目付加価値生産性は2003年度から2022年度まで、年0.7%で増加していますが、1人当たり人件費は年0.1%減(*4)となっています。

2004年版(2003年12月16日公表)にも、同じように「付加価値生産性の上昇率がマイナスになれば、人件費を減らすという覚悟で賃金決定を行なう姿勢が必要」とあります。しかし、付加価値生産性の上昇率がプラスになっても、経営者は賃下げを実施しています。報告書が主張していることと真逆のことが、20年にわたって行われてきたのです。

経団連会館
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*4 データは財務省「法人企業統計年報」。名目付加価値生産性=名目付加価値/従業員数、名目付加価値=人件費+支払利息等+動産・不動産賃借料+租税公課+営業純益。