150億円の赤字に転落した「ヤマト運輸」で「iPhone窃盗」が頻発している「謎」
「あのリストラのせいで現場はめちゃくちゃですよ」と怒りをあらわにする。
視線の先にあるのは、複数のパレット(台車)に積み残された大量の宅急便。大小さまざまな段ボールが放置されたままで、その数およそ200個はあるだろうか。自身が運転するトラックの荷台には、まだ半分ほどしか荷物が積まれておらず、午前中指定の宅急便もあるというのに配達に向かえない。
そんな男性を尻目に退勤するのは、スキマバイトアプリで集まったスタッフたち。この営業所では、彼らが「早朝仕分け」を担当しているが、日雇いバイトで不慣れなスタッフも多いため、セールスドライバーの出社時間までに荷物の積み込みが終わっている日はほとんどない。
「昔はこんなはずじゃなかったのに…」
朝礼後、荷物が散乱したままの営業所を見渡した男性は、そうポツリと呟くと、もう一度ため息を漏らした。
ヤマトが赤字に転落した理由
11月5日、日本の物流業界に衝撃的なニュースが駆け巡った。宅配大手のヤマトホールディングス(HD)が、今年度の上期の連結決算において、営業損益が150億円の赤字に転落したと発表したのだ。
売上高に相当する営業収益に関しても、前年同月比3%減の8404億円に転落。これに応じて下期の業績予想も大幅に見直されることになり、4期連続で下方修正することになった。なぜヤマトは赤字に転落したのか。経済誌記者が解説する。
「栗栖利蔵副社長が、決算会見にて『お客さんとの交渉で単価アップが見込めず、収益が追いつかなかった』と発言した通り、Amazonをはじめとした大口法人顧客の荷物単価を上げられなかったことが業績悪化に繋がった。それに加えて人件費の上昇や、貨物専用機の導入といった費用も逆風となり苦戦を強いられた」
「スキマバイトアプリ」経由のスタッフが増加
だが、ヤマトにとって今期は「勝負の1年」だった。
昨年6月、トラック運転手不足が懸念される「2024年問題」を見据えて、長年ライバル関係にあった日本郵政との協業を発表。それに伴い、ポスト投函サービスの「クロネコDM便」を2024年1月末で終了し、代わりに「クロネコゆうメール」としてヤマト運輸が荷物の集荷を行ない、日本郵便が配達するという分業制が敷かれたのだ。
そこでヤマトは、これまで「クロネコDM便」に携わってきた、およそ2万5000人の個人事業主の雇用契約を終了すると発表。この事実上のリストラ通告に、当事者やその支援にあたる労働組合など100人近くがヤマト運輸の本社前に集まり、撤回を求めて声をあげたが、この決定が覆ることはなかった。
しかし、神奈川県内の営業所に20年以上勤めるセールスドライバーの男性は、「あのリストラのせいで現場はめちゃくちゃですよ」と怒りをあらわにする。
「もともと朝8時までに荷物を仕分けしてトラックに積み込む『早朝仕分け』は、パートさんがほとんどでしたが、1月末に状況は一変しました。彼らの多くは『クロネコDM便』も兼業していたため、まとまった収入を得るのが難しくなり、ほとんどの仕分けメンバーが辞めてしまったんです。
現場は人手不足に陥り、それを補充するために入ってきたのが『スキマバイトアプリ』経由で集まったスタッフたちでした。ところが、あまりにも彼らの仕事ぶりが杜撰すぎて、ドライバーたちからは非難が殺到しているんです」
「荷物の積み込みが適当で配達に間に合わない」
スキマバイトアプリとは、単発バイトをスマホで探せるサービスだ。いまは若者を中心とした非正規ワーカーたちの間で人気が急拡大している。
その一方で、不慣れなスタッフも多いことから、都内と神奈川県に勤める複数のセールスドライバーから、
「ドライバーが出勤する午前8時までに、荷物の仕分けや積み込みが終わっていないから、すぐに配達に向かえずに『C表』(時間帯不良)を出してしまうことがある」
「荷物の積み込みが適当で、午前中指定の宅急便がトラックの積み込みの一番下から出てきて配達に間に合わないことがある」
「軽い荷物の上に重い荷物を配置するスタッフがいて、『損傷扱い』になった荷物がある」
「荷物の積み込みがマンションごとに統一されておらず、別のトラックに間違えて積まれていたことがある」
などの不満があがっている。
こうしたトラブルの原因として、前出のセールスドライバーは「圧倒的なコミュニケーション不足」と指摘する。
「以前までの早朝仕分けはパートさんがほとんどだったので、ある程度の信頼関係ができていて『トラックの左奥の扉を開けたらこの荷物が出てくるようにしといて』とか『午前中指定に荷物は手前に配置して』など、積み込みのレイアウトを注文できました。
それがスキマバイトのスタッフに入れ替わるようになってからは、初めて会う人ばかりなので気軽にコミュニケーションも取れないし、単発バイトなので『次からはこういう配置にしてね』なんて指示も飛ばせません。以前は営業所メンバーで飲み会を開くと、仕分けのパートさんも交えてみんなで飲んだりしましたが、今はそういう機会もなくなりました」
営業所で「iPhone」の盗難が頻発
さらに取材を進めるうちに、スキマバイトアプリ経由の「早朝仕分け」スタッフが増えてから、営業所内である「商品」の盗難事案が頻発していることが明らかになった。都内でセールスドライバーとして働く男性はこう語る。
「今年の春ごろから、商品としてヤマトが届ける『iPhone』の盗難が増えているという話が営業所内で出回っています。ヤマトの多くのエリアではアップルと法人契約を結んでいて、毎日のようにユーザーに届ける新品のiPhoneが送られてくるんです。
営業所に送られてくる時は、iPhoneの箱をもうひとつ大きな段ボールで包んだ状態でくるのですが、あのサイズ感だし、アップルの場合は伝票も特殊なので、誰が見てもすぐにiPhoneだと分かる。
早朝仕分けがパートさんからスキマバイトに切り替わってから盗難事案が発生するようになったので、同僚たちは『絶対にパクってるのスキマバイトの連中だろ』と疑いの目を向けられてますよ」
別の営業所に勤める複数のセールスドライバーも「iPhoneの盗難事案が頻発している」と口を揃える。もちろんその原因は判明していないが、神奈川県内の営業所に勤める男性は「ここ数ヵ月のうちにiPhoneのみ厳重に保管されるようになりました」と言う。
「ウチの所長から『盗難事案が多いからiPhoneはVIP扱いでやれ』とお達しがきたんです。VIP扱いだと、仕分けを経由せずにドライバーがトラックに積み込まなくてはいけないので大変だし、単発バイトと言えども、同じ職場で働く人たちを疑うのもしんどい。
それでも、スキマバイトを雇うのならどうして退勤するときに荷物検査しないのかな? と思いますけどね。だから色んなエリアでiPhoneの盗難事案が頻発しているのは、対策を怠っている本社にも責任があるんじゃないのかなと思ってしまいます」
2016年の「宅配クライシス」の再来か
そんなトラブル続きのヤマト運輸は、12月に入り繁忙期に突入。クリスマスや年末年始に向けて、荷物もふだんの1.5〜2倍、多い日になると3倍ほどに膨れ上がる。だが、早朝仕分けがパート社員からスキマバイトに切り替わった影響か、かつてヤマトが引き起こした「宅配クライシス」を彷彿とさせるトラブルが起きたという。
「12月に入ってすぐに、神奈川県内の営業所において、大型トラック約10台分の荷物が『パンク(遅配)状態』になったんです。日付指定されていたゴルフ用品やスーツケースが宿泊施設に送られておらず、『届いてないけどどうしてくれるんだ!』と未着の問い合わせが殺到しました。
繁忙期の初期でこんな状況になったので、2016年にネット通販の増加で荷物の遅配が相次いだ『宅配クライシス』の再来になるかもしれません」(神奈川県内のセールスドライバー)
こうした状況について、当のスキマバイトアプリ会社の広報部に質問状を送ったところ、以下のような回答があった。(※一部、編集済み)
「当社では、ご利用事業者様に対して、当社のサービスを円滑にご利用いただけるよう、業務内容の切り分けや、働き手向けのマニュアル整備などをはじめ様々な取り組みをおこなっております。個別の事業者様に関する質問となり、職業安定法に基づき、個別の求人者に関する情報を外部に開示することは禁止されているため、回答を差し控えさせていただきます」
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