世界標準ではサラリーマンがインフルエンザにかかっても検査も薬も必要ない!?
検査が陰性でもインフルエンザの可能性はある
なんでも流行の最先端を行っときたい!というオシャレな紳士淑女の皆様もこればっかりは流行にのらない方が良いのでは?というのが、毎冬に猛威を振るうインフルエンザの流行ですね。
それでも時代の最先端を行くことになってしまった敏感な方、つまりインフルエンザにかかってしまった不運な方は、本当にお気の毒です。
「インフルエンザにかかっても検査も薬も必要ない!?」
驚かれるかもしれませんが、実は本当です。
日本の多くの医療機関では流行時期にインフルエンザのような症状があって受診された患者に検査を行い、抗ウイルス薬(タミフルなど)が処方されているでしょう。
一時期のマスコミやTV のワイドショー番組の過熱報道の影響か?すっかりインフルエンザにはタミフルが特効薬というイメージが定着しているようです。
しかし、世界標準の治療指針では、入院が必要なほどの重症でなければ、リスクのない65 才未満の成人には、検査も治療も必要ないと言われています。
「検査も治療も必要ない」と言うと少しビックリされるかもしれませんが、インフルエンザとはいえ、風邪と同じウイルスによる病気です。
放っておいても自然に治る病気(Self Limited Disease)であり、必ず自分の体力で治ってしまう病気なのです(本誌連載「風邪をひいたら「美味しいものを食べて早く寝なさい」というおばあちゃんの話が一番正しい!?」参照)。
ゆえに治療方針は、食事や水分を摂って休養を取ることです。
ですから、検査をしてインフルエンザの診断がついたところでこの治療方針には変更がありません。だから「検査も必要ない」となるわけです。
治療が必要なのはどんな人?
それはリスク(重症になる危険性やその条件のこと)がある人です。ここで言うリスクとは何でしょうか?
高齢者、ガン患者、身体の抵抗力が弱っている状態、呼吸に関係する問題がある方などです。
日頃から自分の持病についてよく知っておく必要があります。これらの項目に該当がなければ検査も治療も必要ありません。
鼻に綿棒グリグリ…
ちなみにインフルエンザの検査は結構辛い検査だと思います。鼻の奥深くまで長い綿棒を突っ込まれてグリグリ…。痛いし、咳き込むし…。安心してください。
もし、鼻水が出るのであればその場で鼻をかみ、ティッシュに付着した鼻水でも検査は可能です。この方がはるかに苦痛は少ないでしょう。
高熱でフラフラ〜、寒い中わざわざ病院へ…
「勤務先から提出するように言われたので…」と言って診断書や病欠の為の証明書などを求められることがあります。
しかし、熱が出て辛い時にわざわざ書類のために病院を受診することが必要でしょうか?
会社という組織の中でのルールだというのは理解できますが、明らかに医学的には治療として逆のことを患者に強いていることになります。
できるだけ早く帰宅させ、栄養、水分を摂り、休養させなければいけません。
企業の担当者としては、社内への感染拡大を懸念されるのでしょうが、高熱が出るなどインフルエンザの可能性があれば、受診を強制するのではなく、その旨を報告してもらい、結果的にインフルエンザでなかったにしても1 週間程度はゆっくり休んでもらうしかありません。
インフルエンザに罹患した社員が、「俺は5 日間休んだから大丈夫」といって出勤したら、周辺の方がインフルエンザになった、なんていう経験もあるかもしれませんが、検査そのものが完璧ではありません。
「検査でインフルエンザが出れば休める、出なければ出勤しなければいけない…」、「インフルエンザだったら病欠が◯日、風邪だったら◯日なので…」
これらは全くお勧めしません。
検査は万能ではありませんので、検査が陰性でも、たまたまインフルエンザが出なかっただけかもしれません。
風邪もインフルエンザも治療方針に違いはないのです。しっかり食事を摂ってゆっくり休むことが大切です。また、風邪もインフルエンザも他人に迷惑がかかる可能性(うつる?)のある病気ですから、あえて人ごみや人前には出るべきではありません。まずは自分のため、相手のため、そして社会のためにしっかりと休みましょう。
ただし、新型インフルエンザが流行した場合は、病原性の強さなど詳しいことがわからず不安も大きいことでしょうから、政府や自治体の指示を聞いて判断するようにしましょう。
あなたが受診した病院の玄関や待合室にこんな貼り紙がしてあったら…。どうか、がっかりしないでください。ちょっとぶっきらぼうに感じるかもしれませんが、実はハートのアツい優秀なドクターがいる、かなりイケてる病院だと思います。
(了)
風邪をひいたら「美味しいものを食べて早く寝なさい」というおばあちゃんの話が一番正しい!?
おばあちゃん、カゼの治療でノーベル賞
朝晩の冷え込みが冬の到来を感じさせる季節。朝から「ノドがイガイガするなぁ…」と感じていた中澤(45才男性、仮名、敬称略)は、会社で昼食を摂る頃には身体がだるく熱も出てきたため、午後からのオペレーションを部下に任せて早退することにした。
「カゼひいたかな…」、帰宅途中に近くのクリニックを受診し、受付をして待合室で診察の順番を待っている間、ふと目の前に置かれていた一冊の本に目がとまった。どうやらお医者さんが書いた本らしい。
表紙には「カゼにまつわるmyths」と書かれており、おもむろに手にとってページをめくり始める。「ところでmythsってなんだっけ?」中澤がスマートフォンで調べると「神話、作り話、根拠の薄い社会的通念、mythの複数形」とのことであった。その本には以下のようなことが書かれていた。
「抗生物質を処方してください」
患者から、こんな注文を受けることがありますが、残念ながら、カゼに抗生物質は無効です。
抗生物質はいわゆるバイキン(細菌のこと)をやっつける薬です。カゼは細菌(バイキン)ではなくウイルスによっておこる病気ですから抗生物質は全く効果がありません。
効かないばかりか悪いこともあります。人間の体内にはもともと共存しているバイキン(常在菌と呼びます)がいて、大切な働きをしています。抗生物質はこれら常在菌も全てやっつけてしまうので、副作用として余計に体調を崩したりします。
また、中途半端に安易に抗生物質を使うことによって将来的に抗生物質の効かない細菌(耐性菌)を作り出してしまいます。カゼには抗生物質は処方しません。
「市販の風邪薬を飲んでもよくならなくて…よく効く薬を出して欲しい」
そのお気持ちはよく分かります…が、残念ながらそんな薬は存在しないのです。我々医師が処方する薬に特別な何かを期待されるのでしょうが、残念ながら効果に変わりはありません。
市販の総合感冒薬の「総合」の意味は、熱冷ましの薬、痛み止めの薬、咳止めの薬、痰を出しやすくする薬、アレルギーに対する薬などカゼの症状に対する複数の薬が含まれるという意味ですが、病院で処方する薬との違いは症状に対する薬が別々にあるということぐらいでしょう。
もし、カゼの諸症状すべてに薬を飲もうとしたら1回に5~6種類もの薬を飲まなければならず現実的に難しいですし、お勧めできません。もっと言うとカゼは薬では治りません。薬を飲んで症状を抑えることと、カゼが治ることとはまったく別のお話です。カゼは自分で治すものです。
「カゼがひどくならないように病院で診てもらおうと思って…」
「熱が出ないように早めに薬を飲んだほうがいいと思って…」
「カゼを予防する薬ください…」
早期発見、早期治療はすべての病気において大切なことです。しかし、カゼの引き始めに悪化しないようにする薬やカゼを予防する薬は存在しません。
悪化しないための治療方法があるとすれば、それは栄養(食事)や休養(睡眠)などを含めた日々の体調管理です。つまり、「体調がおかしい。カゼかも?」と感じたら、早く家に帰って身体を休めるということです。
病院に行くこと自体がカゼに対して逆効果、身体にとっては有害(体調の悪化?)かもしれません。早く帰って身体を休めましょう!
「以前カゼの時に病院で点滴したらスッキリ治った…明日も仕事で休めないからスパッと効く点滴(注射)ないですか?」
「点滴信仰」とでもいいますか、おそらくいつかどこかで誰かがカゼの時に病院を受診し点滴や注射を受けた後に「気分がよくなった…スッキリした…」という経験談がいつの間にか「カゼのときには点滴をすると一発で治る!」という成功体験として強烈に印象付けられてしまったのでしょう。「一発で元気になるやつ頼むよ!」と言われましても、そんなアブナイ薬は存在しません。
じゃあ、我々医師が点滴治療を行うのはどんな時か?
口から食べたり飲んだりすることは人間にとって極めて生理的かつ効率的ですので「口が使える時は口を使え」というのが原則です。点滴で栄養や水分が摂れるか?これは残念ながら微々たるものです。
人間は食事をすることで栄養や水分を口から摂取しています(これを経口摂取と言います)。経口摂取ができない場合は点滴が必要になることもありますが、それも限られた状況のみです。
食事はまったく摂れなくても人間の身体は意外に平気です(ファスティングや断食の例がありますね)。しかし、水分が摂れないと人間の身体は脱水になり危険な状態に陥ります。我々医師は患者に必ず聞きます。「食事は食べられますか?」「お水は飲めますか?」。
食事は摂れなくても水分さえ摂れればオッケーですが、水分も摂れないとなればこれは点滴治療が必要です。
「明日仕事で休めないから熱冷ましの薬をください…」
熱が下がることイコール病気が治ることではありません。熱が高いから重症、微熱だから軽症というのも正しくありません。
例を挙げます。スポーツ選手が怪我をしているにもかかわらず、痛み止めの注射を打って試合に出てチームのピンチを救った…なんていうのは大昔の美談(?)です。
それと同じで薬を飲んで熱を下げて一時的に楽になっても本来の「カゼ」という病気は治ってはいません。薬を飲んで楽になったからといって無理をすると悪化したり、カゼが長引いたりする原因となります。カゼが治るためにはある程度の休養期間が必要です。どうか諦めて仕事を休んでください。
そもそも、熱は下げないといけないのか?
カゼをひいて熱が出るということは正常な身体の反応です。「体温を上げることで身体の中でカゼのウイルスと闘っている」と考えればわかりやすいでしょう。無理に熱を下げることでカゼが治りにくくなったり、長引いたりします。著しく日常生活に支障を来さない限り(例:高熱でぐったりしてしまう、熱のせいで食事も摂れない、眠れない…など)無理に熱を下げる必要はありません。
結局はおばあちゃんの言い伝え
「カゼひいたら、早く帰って美味しいもの食べて早く寝なさい…」なんて言われた経験はありませんか?
カゼはウイルスによる感染症であり、放っておいても自然に治る病気(self limited diseaseと言います)、自分の体力で乗り越えて自分で治す病気なのです。
これをカゼのウイルスと闘うことだと仮定すれば、闘うためにはエネルギーが必要です。だからしっかりと食事を摂る必要があるのです。
また、闘うためには体力が必要です、だからしっかりと身体を休めて体力を温存(他のことで体力を消耗しないように)するのです。
やっぱり「美味しいものを食べて早く寝なさい…」という昔のおばあちゃんの言い伝えはいつの時代になっても正しいということになります。「カゼの特効薬ができたらノーベル賞モンだ!」なんて言われますが、このおばあちゃんの言い伝えこそがノーベル賞ものでしょう。
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…と、ここまで読んだところで「お待たせしました。中澤さん、診察室へどうぞ」と看護師に呼ばれた。立ち上がった中澤は深々と頭を下げ「あっ、すみません。せっかくですけど…今日のところはこのまま自宅で様子をみます…」クリニックをあとにして帰路に着いた。
(了)
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