人工透析の廃液が道路陥没を起こす?世田谷のビルで起きていた衝撃の事故
人工透析の廃液(強酸性)が道路陥没を引き起こす
道路陥没という大事故は今後もいつどこで起きても不思議ではない。
実は長年の間、多くの医療機関から強酸性排水が流されていたのだ。
’17年末、世田谷区で事故は起きた
’16年11月、博多駅前で起きた道路陥没事故のニュースには国民全体が大きな衝撃を受けた。地下鉄の延伸工事が原因とされていたが、そこに疑義を呈した人物がいたという。
A氏が続ける。
「日本透析医学会の理事長だった中元秀友さんです。昨年、惜しくも亡くなられましたが、中元さんは『透析排水が事故の要因のひとつになっているのではないか』と懸念していた。その後、中元さんの元には、厚労省からも、透析排水について調査してほしいと相談があったそうです」
その翌年の’17年末、中元氏の憂慮は現実のものとなってしまう。透析医療機関からの酸性排水による下水道管の損傷事故が発覚したのだ。
「医療施設が入っている世田谷区のビルで下水のつまりが発生したのです。東京都下水道局の職員が確認すると、ビルの排水設備と下水道管をつなぐコンクリート製の取り付け管が崩れてなくなっていた。
都の調査によると、基準を大幅に上回る強酸性排水が、決まって深夜に流れ込んでいました。このビルには複数の医療施設が入っていましたが、深夜に稼働していたのは透析クリニックのみ。日中、患者に透析を行い、深夜に装置の洗浄をしていたのです」(A氏)
透析排水の実態とは
事故発覚後、東京都下水道局から調査依頼を受けた順天堂大学医療科学部臨床工学科特任教授の峰島三千男氏が振り返る。
「この一件を受け、東京都下水道局長から『ほかのクリニックは大丈夫だろうか』と相談を受けました。’18年に東京都下水道局から、『透析システムからの排水調査』を依頼され、都内323ヵ所の透析施設から回答がありました。その結果、適正な処理がなされていない施設は200施設、約64%でした。そうした未処理施設のうち、155施設(約79%)は透析排水に基準があることを知りながら、何ら対策を講じていなかったのです。
認識が甘かったのは事実です。透析排水に基準があることを知らなかった施設さえありました。そこで東京都と協力して、基準を満たすよう啓発活動を展開しました」
日本透析医学会、日本透析医会、日本臨床工学技士会という3つの業界団体からなる透析排液管理ワーキンググループのリーダーとして透析排水に関する啓発活動を続けている峰島氏は、こうした背景を踏まえ、今回の事故についてどう捉えているのか。
八潮市の事故と透析排水の因果関係
「八潮市の事故と透析排水には因果関係はありません。メカニズムがまったく異なります。硫化水素は気体ですから、下水道管の上部が損傷します。一方、透析排水の場合、酢酸などによって下部が損傷します。
もっとも、過去に透析排水による事故が起きたのは事実です。’17年末の事故が起きるまで、私を含めた医療従事者は、患者に対して効果的な治療を行うことへの思いが強く、『患者さんの体内にある悪いものをもっと取ろう』として、結果的に強酸性の洗浄剤を使用してしまった。これによって下水道管の一部を損傷させてしまった。この点は反省すべきです」
峰島氏らの尽力により、’24年7月には23区内にある透析施設のすべてが基準を達成したという。だが、見方を変えれば、全国的に基準が達成されたわけではない。前出のA氏は、道路陥没と透析排水を切り離して考えることは難しいと話す。
「’24年9月、広島市西区の市道で長さ約40m、幅約15mにわたって陥没や隆起、出水が発生した事故がありました。周囲には複数の透析医療機関がありました。私には偶然とは思えません。
今回の八潮市の現場周辺にも透析医療施設が複数あります。こうした一連の道路崩落事故に、透析排水が関係している可能性は否定できないはずです」
国と自治体の無為無策
また、先述した中和に関してはこんな問題もある。そもそも、中和装置のサイズが大きく、ビルに入居するクリニックなどの場合、スペースの問題に加え、ビルの所有者の許可が下りないというケースもあるという。23区内ではその場合、薬剤の変更を促しているという。
懸念と疑いが拭えない全国民にかかわる重大事。八潮市のような大事故につながる可能性は十分にある。はたして埼玉県は対策を講じていたのか。埼玉県下水道管理課に聞いた。
―今回の八潮市の道路陥没について、透析排水が影響している事実、あるいは可能性はありますか?
「透析排水が影響している事実、あるいは可能性についてはわかりません。今後、今回の陥没事故に係る原因究明を行うための委員会を立ち上げ、調査を進めていく予定です」
埼玉県の透析排水管理
―’17年末に都内で発生した透析排水による下水道管損傷事故を受け、東京都では様々な対策が進められました。透析排水管理について、埼玉県ではどのような対策をしていますか?
「本県では透析排水管理に係る対策は行っておりません」
八潮市の事故は決して偶然起きたわけではない。インフラの老朽化、透析排水……国や自治体が無責任な対応を続けてきたため起きた必然といえるだろう。全国には約34万人の透析患者がいる。彼らの命を守るのはもちろん、国民全体の安全を守るのが、国と自治体の責務であるはずだ。
「週刊現代」2025年2月22・3月1日合併号より
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