国の「社会保障費がかさんで財政が厳しい」はウソ

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福岡厚労相 政治・経済

国の「社会保障費がかさんで財政が厳しい」はウソ

高額療養費限度額引上げ「口実」完全崩壊のデータ公開

治療代を国に頼るな、自分で払え。「高額療養費制度」の限度額を引き上げたい政府の言い分は、要はこういうことだろう。統計データ分析家の本川裕さんは「国は、世界一の高齢化により医療費や介護費、年金など社会保障費が高まって財政が苦しいことを、限度額引上げの根拠としているが、統計を見ると日本の社会保障費は世界の中で特に高いわけでないことがわかった」という――。

今後も継続する社会保障負担の問題

医療費の患者負担に天井を設ける「高額療養費制度」について、政府が予定する限度額引き上げへの不安が広がっている。深刻な負担増となる患者団体からの反発を受け、政府は2025年8月から3段階で進める見直しの来年以降分は再検討するが、8月の引き上げ分は予定通り実施すると言っていた。夏の参議院選挙を意識しての対処とみられ、いずれ引上げしたいという本心は見え見えだ。

ところが、本稿アップ直前、高額療養費制度の負担上限額の引き上げについて、政府は与野党からさらなる見直しを求める意見が出ていることから、ことし8月の引き上げを見送る方針を固めたと報じられている。

これは医療費の問題だが、同じ時期、与野党協議となった「年収の壁」の一部も社会保険料の支払いの問題である。そして、今後も年金給付の開始年齢を遅らせたり、パート労働者への厚生年金加入の適用拡大をさせたりと国民負担が重くなる方向での施策が続く公算が大きい。

少子高齢化が進む中で、こうした健康・介護保険や公的年金といった社会保障にどんな役割を担わせるべきなのか。社会全体が困難な選択に向き合い、よくよく議論すべき大きなテーマである。その場しのぎでは行き詰まる。

そこで、今回はこうした議論の大前提となる日本の社会保障は世界の中でどの程度充実しているのか、あるいは言い方をかえると、国にとってどの程度の負担となっているかという点についてデータで確認してみよう。

社会保障の充実度・負担度を調べる

高福祉高負担、中福祉中負担といった用語が新聞などでよく出てくるが、社会における福祉の高低を測る主要なものさしが社会保障給付費である。社会保障は税金や保険料(雇用、年金、医療、介護など)でまかなわれているが、収入面からではなく、国からの支出面から測った指標が社会保障給付費である。

各国の社会保障給付費を比較するためには同一基準でデータを整備しなければならない。この目的でOECDが社会支出データベースSocial Expenditure Databaseを作成している。

ここでいう社会支出はかつての日本の社会保障給付費(社会保障・人口問題研究所で集計)より広く支出をとらえており、施設整備費など直接個人に給付されない費用まで含まれている。社会支出は公的支出と義務的私的支出に分けられるが、後者はごく一部である。

図表1では社会支出の各分野の内容を例示した。

そんなに多くはもらえない日本の社会保障レベル

図表2では社会保障のレベルを国際比較するために、社会保障給付費の対GDP比についてOECD各国のデータを掲げた。年次はすべての国のデータが揃って得られる2019年である。2020年以降は新型コロナ対策費が入って来るので多くの国で医療部門がかさ上げとなるが、それ以前の姿を示している。

日本は総計の対GDP比が23.1%となっており、対象38カ国中、17位と社会保障レベルは中くらいの国に属する(注)。

(注)ちなみに、OECDによる社会保障対GDP比の数字は日本の場合2020年まで公表されているが、新型コロナの影響もあって2020年に25.3%へと大きく増加している。他国同様の状況にあるため順位は1位の上昇にとどまっている。

1~4位はフランス(対GDP比31.5%)、デンマーク(30.8%)、フィンランド(29.5%)、イタリア(28.7%)となっており、その他、ヨーロッパ諸国は社会保障レベルが高い点が目立っている。

他方、社会保障レベルの低い国は、2つのグループに分けられる。

すなわち、①チリ(33位、15.0%)、韓国(34位、13.3%)、トルコ(37位、12.4%)、メキシコ(38位、7.4%)など、高齢化の比率が低く、社会がなお成熟途上にある開発途上国的な性格のグループと、②米国(15位、24.0%)、英国(23位、20.1%)、カナダ(25位、18.8%)など個人による自力救済的な考え方の強いアングロサクソン系のグループとで社会保障レベルが低くなっている。

米国は、以前はもっと低い順位・数字だったが、オバマ政権の医療保険改革(オバマケア)で順位が上昇した。医療保険加入を義務化したため、医療分野を中心に「義務的私的支出」の対GDP比が2013年の0.3%から2014年に5.6%へとアップし、以後その水準が続いている。このアップ分を除くと米国の順位は今でも英国並みだ。

日本は①にも②にも属さないにもかかわらず、高い高齢化率の割に社会保障レベルが比較的低い。早い話、国のサポートは小さいということだ。データの詳細を確認してみよう。

世界一の高齢化でも社会保障はそれに見合うほど充実していない

医療、介護、年金などの支出が高齢者の数に比例して増加することからもうかがえる通り、各国の社会保障は人口の高齢化によって左右されている面が強い。そこで、図表3で社会保障費に関して高齢化率との相関を示した。

高齢化の進行度が進むほど、国が国民に給付する社会保障レベルが高くなるという一般傾向が明らかである。図には社会保障と高齢化の関係を示す回帰傾向線を書き込んだが、右上がりとなっているのである。

社会保障充実国であるフランス、イタリア、ドイツや北欧諸国は、確かに高齢化が進んでいる。しかし、これらの国は回帰傾向線よりずいぶん上の位置にあり、高齢化の程度以上に社会保障を充実させていると判断することができる。国が手厚くサポートしているのだ。

日本をそうしたヨーロッパ先進国と比較すると、高齢化が群を抜いて進んでいるにもかかわらず、社会保障費はかなり抑制されていることが分かる。上で社会保障レベルの低いグループとして指摘した米国、カナダ、ニュージーランドなど英語圏諸国は、回帰傾向線よりは上にあるが、これはむしろ高齢化率がそれほど高くないから社会保障レベルも高くないだけだと理解することもできる(英語圏諸国の中でも英国とカナダは傾向線より下にあるが)。

社会保障に頼らない自力救済的な考え方はむしろ一般傾向を示す回帰傾向線から右下に位置している韓国や日本のほうに強くあらわれているともいえよう。つまり、日本は国民に自分の「世話」は自分でやりなさいという冷たい態度を示していると解釈できる。

なお、バルト3国や東欧諸国も日韓と同じように高齢化の割に社会保障レベルが低い。だが、こうした地域の場合は、経済発展が遅れ、社会保障を充実させる時間的余裕がなかったためとも解されよう。その点、戦後から経済発展をしてきた日本には十分な時間的余裕があったはずだが、保障レベルは乏しいと言わざるを得ない。

日本の社会保障費があまり多くない理由

日本の社会保障の給付などがヨーロッパ諸国に比べ比較的低水準にとどまっている理由は何なのか。

第一に会社による保障(企業福祉や雇用保障)や家族相互の保障(家族による介護など)といったインフォーマルな社会保障が機能していた点、第二に公共事業による雇用の保障(欧州の積極的雇用政策に似た雇用確保による生活保障)が大きな役割を果たしていた点に求められると指摘されてきた。

そして2000年以降の財政再建政策や当時の小泉純一郎首相による改革路線などによって、両者ともに機能しなくなったのに社会保障レベルがあまり高くない水準のままで推移している状況が、今日の格差問題の深刻化につながっているといった指摘も多い。

理論上、しっかりとした財源の裏付けがないまま給付を増やそうと思っても、それは困難なことである。日本の社会保障給付費がOECD諸国の中で相対的に小さい理由は、財源不足のためだともいわれる。その原因は、失われた30年に象徴される経済の低成長で余裕がない政府がケチっているのか、それとも個人・事業者を含め国民が社会保障を支える社会保険料負担の増額に強く拒否反応を示すからなのか。議論が分かれるかもしれないが、日本の社会保障に関する制度設計はお粗末と言われてもしかたないだろう。

社会保障による医療支出も抑えられてはいるが少ないとは言えない

社会保障全体としては、世界一の高齢化と重い国民負担にもかかわらず、日本の社会保障給付は比較的小さいという点を上で見たが、「医療」の社会保障支出についではどうか。

図表4には、Y軸を社会保障全体ではなく、そのうちの医療分野に限った対GDPで図表3と同様の相関図を描いた。

日本はドイツ、フランスより高齢化がかなり進んでいるが、医療負担はほぼ同等である。つまり、医療費負担が突出して重いとは言えない。確かに日本の「位置」は回帰傾向線より上にあり医療費は少なくない。そのため国は医療費負担の大きさをことさら強調するが、年々進む高齢化の中で、他国に比べて、その負担率はそう高いとは言えない。そう考えると今回、高額療養費の限度額を引き上げようとする国の判断には首を傾げたくなる人も多いのではないか。

もう一つ指摘したいことがある。図表2の分野別の状況をもう一度振り返ると、日本の社会保障の特徴として、「高齢者」や「医療」の分野に比べて、少子化対策の内容を構成している子ども手当などの「家族」分野が小さい点が目につくのだ。

「家族」分の1.7%という数字は、フランスの2.7%、ドイツの2.5%などと比較していかにも少ない。国が本気で少子化を憂うなら、その対策にもっとお金を投じるべきであり、その結果として、データ上、社会保障負担を全体としてもっと高めてもおかしくないのである。

本川 裕(ほんかわ・ゆたか)
統計探偵/統計データ分析家
東京大学農学部卒。国民経済研究協会研究部長、常務理事を経て現在、アルファ社会科学主席研究員。暮らしから国際問題まで幅広いデータ満載のサイト「社会実情データ図録」を運営しながらネット連載や書籍を執筆。近著は『なぜ、男子は突然、草食化したのか』(日本経済新聞出版社)。

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