米国経済クラッシュは始まっている?日本では報道されない“危機の兆候”最新データ=高島康司
どんどん明らかになる米国経済悪化のデータ
前回の記事に続き、米国経済の悪化状況を最新のデータで紹介する。
あいかわらずニューヨーク株式市場の不安定な状況は続いている。カナダとの貿易戦争が激化し、アメリカの景気へ悪影響を及ぼすとの警戒感が強まり、ダウ平均株価の下げ幅は一時、700ドルを超えた。午後になり、オンタリオ州が電力料金の値上げを停止すると発表すると、報復合戦の過熱が和らぐとの期待から値下がり幅をやや縮め、結局、前の日より478ドル23セント安い、4万1,433ドル48セントで取引を終えた(編注:原稿執筆時点2025年3月13日)。

NYダウ 日足(SBI証券提供)
このような状況に対し、トランプ米大統領はホワイトハウスで記者団に対し、株価の大幅下落について「市場は上がったり、下がったりする」と述べ、短期的な株価の変動は気にしない姿勢を示した。関税引き上げなどの政策は、長期的には米国を強固にすると強調した。関税と製造業促進策により「大量の工場」がメキシコなどから米国に移転するとし、「私が行っていることは長期的に、わが国を再び強くする」とも話し、現在の高関税政策の利点を主張した。
また、米国経済の景気後退入りについては「まったく予想していない」と言明。「私がやろうとしていることは難しい道のりだが、結果は20倍になる」と語り、理解を求めた。
バイデン政権後期から始まっていた景気後退
ところでいま、日本の主要メディアの多くはトランプ大統領が実施している経済政策こそ、不況の元凶だと非難している。しかし、これは明らかに間違っている。昨年は激しい大統領選挙があったので、バイデンを応援する米国のリベラルな主要メディアの多くは、米国経済の悪化の状況を報道したがらなかった。バイデン政権の経済政策の効果を喧伝し、米国経済があたかも順調であるようなイメージを作ってきた。
たしかに、コロナのパンデミックの大規模な経済支援や相場の急激な上昇、さらにリモートワークの恩恵を受けた中間所得層より上の階層はバイデノミックスで所得を倍増させたが、中間層以下の層は急激なインフレによる実質賃金の下落などにより、経済状態は急激に悪化していた。特に、中間層以上の人々が蓄えていたコロナパンデミックの経済支援金が底を尽き、また相場の下落で消費が減退するにつれ、米国経済は牽引力を失い、中間層以下の層の悲惨な状態が目立つようになっていた。
ホームレス人口は記録的な高水準となり、フードバンクへの需要はかつてないほど急増し、住宅販売は極度の低迷レベルに落ち込み、全米で店舗やレストランが閉店し、負債レベルは記録を更新していた。つまり、中間所得層より上の階層の旺盛な消費意欲、ならびに大統領選挙のキャンペーンによって隠蔽されていた米国経済の本当の実態が、ここにきて明らかになっているのである。
米国経済は長い間下降線をたどっており、バイデン政権の後期にはその下降線はさらに急になっていたのだ。だから、いま始まった不況は、トランプの経済政策がもたらしたものでは必ずしもない。もちろん、トランプの高関税政策が悪化のスピードを速めた側面があるものの、経済の悪化はバイデン政権のときにすでに始まっていた。
「CNBC」の司会者ジム・クレイマーは、トランプ大統領が不況への不安を煽り、株式市場を暴落させていると非難し、競合市場が「私たちを圧迫している」と指摘し、トランプ大統領が不況を「製造」している可能性があると非難しているが、それは明らかに当たっていない。不況はトランプの就任前から始まっている。日本の主要メディアも「CNBC」と同じような報道をしている。
米国経済の実態を確認する
それでは日本ではあまり取り上げられることのない米国経済の実態を示す状況を、先週に引き続きざっと見て見よう。米国経済の想像を越えた悪さがはっきりと分かる。
まず、アメリカ人のインフレ調整後の債務負担は、世帯ベースでパンデミック前の水準をさらに超えて増加し始めている。消費者金融ウェブサイト、「WalletHub」がまとめたデータによると、2024年第4四半期の時点で、平均的な世帯のクレジットカード債務は、2009年以来初めて、インフレ調整後で1万ドルを超えた。
また、1月の自動車ローン延滞額が「過去30年間で最高水準」に達したこともわかった。米国の自動車所有者の自動車ローン延滞額は、今年初めに過去30年間で最高水準に達した。「フィッチ・レーティングス」によると、サブプライム自動車ローンを利用している借り手のローン支払いが60日以上延滞している割合は1月に6.56%に増加し、これは1994年にデータ収集が開始されて以来、最高水準となった。
さらに、債務状況の悪化は中間層以上の層にも及んでいる。2023年1月から2025年1月にかけて、年間15万ドル以上(約2,250万円以上)の収入がある人々の債務不履行率は60日から89日分に倍増した。これは、大手信用調査会社3社の独立合弁企業である「VantageScore」が作成した「CreditGauge」によるものだ。
そして、航空会社は第1四半期の利益と売上予測を削減しており、経済状況の悪化が旅行需要に影響を与えていると警告している。3月11日、「アメリカン航空」は今年最初の3か月間で1株当たり60セントから80セントの損失を計上する見込みだと発表した。これは、以前に予測されていた1株当たり20セントから40セントの損失よりも大きな損失である。
また、全米で小売販売が落ち込んでいる。ウィスコンシン州を拠点とし、全米で1,100以上の店舗を展開する小売大手の「コールズ」は、消費者の支出パターンの変化を理由に、2025年の売上予想を引き下げた。最新の予測では、「コールズ」は売上減少を5%から7%と予想を修正した。このニュースを受け、3月11日に同社の株価は26%以上急落した。
このような状況を受け、アメリカの中小企業を統括する「全米独立企業連盟(NFIB)」は、2月の「中小企業楽観指数」を発表した。この数値の上昇は、中小企業の景況感がよいことを表している。しかしそれは、2.1ポイント低下し、100.7となったと報告した。また「、NFIB」の「不確実性指数」は4ポイント上昇し、1986年から現在までの月次ベースで過去2番目に悪い104となった。
また、消費者心理も急速に低迷している。1月の消費者心理は3年半で最も落ち込み、小売売上高は約2年で最も減少、実質支出は2021年初頭以来最も速いペースで落ち込み、小売大手の「ウォルマート」は厳しい1年になるだろうと警告している。
こうした状況を見ると、米国経済が大規模な景気後退を回避できるのであれば、それはまさに経済の奇跡と言えるだろう。今後、すべてが順風満帆に進むと考える人は、ただの幻想を抱いているだけだと思う。
失業率の上昇、退職金を取り崩す
こうした状況の悪化に伴い、失業率も上昇している。イーロン・マスク率いる「連邦政府効率化省(DOGE)」は連邦政府職員の大規模な解雇を断行しているが、この政策の結果が失業率に現れてきたのだ。
再就職支援会社、「チャレンジャー・グレイ・アンド・クリスマス」が10日に発表したデータによると、すでに発表された米国内の人員削減数は過去5年間で最高水準となった。これはパンデミックで経済が機能停止した時点の状況に並んでいる。
同社によると、米国の雇用主が発表したレイオフの数は17万2017件で、1月と比較して245%増、コロナ・パンデミックによる不確実性が高まった2020年7月以来、月間では最高となった。さらに、2009年の世界金融危機以来、2月としては最高を記録した。「リーマンショック」直後の2009年以来、2月の解雇の発表がこれほど多かったことはない。
日本ではまだ認識されていないかもしれないが、米国経済は重大な危機に直面しており、上の経済数値は、それを明確に反映している。
こうした中、生活のために自分の年金を取り崩すアメリカ人も増えている。アメリカの年金は、個人が投資会社と契約して資金を運用する「確定拠出年金(401k)」が一般的だが、緊急出費を賄うために「401kプラン」から早期に自分の資金を引き出すケースが増えているのだ。
「401kプラン」口座を持つ約500万人のデータを調査した「バンガード・グループ」によると、昨年、口座保有者の4.8%が緊急出費のための引き出しを行ったが、これは2023年の3.6%から増加している。
「FRB」の解体で適切な対抗処置がとれなくなる
さて、ながながと悲観的な数値を並べてきたが、これが米国経済の実態である。すでにバイデン政権の後期から景気は相当に悪化していたのである。
不況はトランプ政権のせいでは必ずしもない。しかし、この状況でトランプの高関税や「DOGE」による連邦政府の部局の閉鎖や大リストラが実施されるのだ。これで米国経済は予想を越えて悪化することは間違いない。
しかし、さらに悪いタイミングがある。それは、「DOGE」が「FRB」の改組か大幅な改革を推し進めようとしているときに米国経済が悪化していることだ。「FRB」の改革の内容いかんでは、米国経済の悪化を金融的に緩和するための手段を「FRB」は失うかもしれない。
すでに第782回の記事で書いたが、これがどういうことなのか再度説明しよう。いまトランプ政権が進めている改革は、「ヘリテージ財団」が出した「プロジェクト2025」の改革案に基づいている。もしこれから実施される「DOGE」の「FRB」の大幅な改革がこの方針に沿って行われるのであれば、「FRB」の景気後退を金融的に緩和する機能は失われることになる。
いまはどの国にも金融システムの安定化のために中央銀行が存在しているが、次の2点がその基本的な役割と責任になる。
1)物価の安定
2)雇用の安定
まず(1)だが、これは物価を安定させるために、通貨の供給量を調整することを意味する。供給力の不足、需要の突然の増大など物価はさまざまな要因で変動するが、通貨の供給量も変動の重要な要因である。通貨供給量が大きくなり貨幣価値が下落すると、物価は高騰する。また逆に、通貨供給量が少なくなり貨幣価値が上昇すると物価は下がる。物価が需要と供給に影響を与える内外のさまざまな要因で変動するが、中央銀行の役割は、こうした環境の変化に合わせて通貨供給量を調整させることで、物価を安定させることである。
中央銀行はこれを、金利の引き上げや引き下げを通して実施する。
そして(2)だが、これは政府が実施する経済政策を支援することである。雇用の安定とは、大幅な失業率の上昇や、労働力に対する需要の極端な上昇がないように、景気を調整することである。政府はなるだけ完全雇用に近づくように、景気の下降を防止し、また過熱を抑える経済政策を実施している。政府のこうした政策を積極的に後押しするのが、中央銀行の第2の役割である。
例えば、景気が冷えきり不況になって失業率が増大しそうなとき、政府は国債を発行して財源を確保し、さまざまな景気刺激策を実施する。中央銀行はこれを後押しするために政府が発行した国債を積極的に買い取り、政府の財源確保を後押しする。また、不況による倒産の激増で銀行が不良債権を抱え、破綻する危険性が高くなると、中央銀行は不良債権を買い取ったり、巨額の融資を実施するなどして銀行に資金を注入し、金融危機の拡大を抑える。このように中央銀行は、政府の経済政策を積極的に後押しすることで、雇用の安定化を図る。
この2つの役割は多くの中央銀行にあり、もちろん「FRB」も同じである。
雇用の安定の放棄と国債買い取りの停止
さて、「プロジェクト2025」の「FRB」改革計画は、中央銀行の2つの基本的な役割のうち、雇用の安定を放棄し、物価の安定だけにその役割を限定するというのだ。これは、銀行への融資を抑制して、金融危機のときつぶれる銀行は潰すという方針である。雇用を安定させるために必要となる政府の経済政策を支えるという役割は、放棄するというのだ。
これは「FRB」が、米国債の買取りを大幅に縮小することを必然的に意味する。なぜなら、安定した雇用のカギとなる景気の維持には、政府の経済政策による財政支出がどうしても欠かせないからだ。インフラ建設や、さまざまな産業分野への補助金などがこれに入る。「FRB」は政府の経済政策がうまく行くように、政府の発行する国債を積極的に買い取って、政府の政策実施を後押しする。
しかし、「FRB」がその役割として雇用の安定を放棄するのであれば、国債の買い取りで政府の景気安定化策を支援する必然性はないことになる。
不況になると「FRB」は、物価を安定化させるために金利を下げて通貨の流通量を大きくするかもしれないが、国債を積極的に買い取ったり、また銀行の不良債権の買い取りや大規模な融資を実施するようなことはない。
「プロジェクト2025」の「FRB」改革案では、「FRB」の米国債買取りは大幅に縮小するか、またはまったく実施されなくなる可能性が高い。政府は国債発行に依存することはできなくなり、これまでの経済政策の実施は実質的にできなくなる。
もし「DOGE」がこれから推し進める「FRB」の大幅な改革が、「プロジェクト2025」の提言に沿った内容であるのであれば、米国経済の悪化はそれこそ想像を越えたものになるだろう。「FRB」は景気の金融的な回復支援の多くを実質的には行わないのだから、これは当然であろう。
このように見ると、やはり嵐が迫っていることは間違いないようだ。本当に注意しなければならない。
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