依存症の母親から“オピオイドベイビー”が生まれ…日本人は知らない「悪魔の処方薬」が全米にもらした悲劇と絶望
生まれる前からオピオイド依存症胎児に、出生後に薬物離脱療法が必要
第1回【「1年で10万人」が犠牲に…全米に蔓延する「オピオイド禍」最大の元凶は350億ドルを荒稼ぎした「製薬会社」だった】の続き
【写真】全米の犠牲者数はもはや戦争や大震災にならぶ規模…オピオイドの蔓延で、薬物過剰摂取による死亡者数が激増していることはグラフを見れば明らかだ
薬物中毒者が“ジャンキー”と呼ばれる理由
「麻薬乱用大国」アメリカにあって、なぜ“オピオイド”が凄まじい勢いで蔓延したのか――。Netflixで配信中のドラマ「ペイン・キラー(PAINKILLER)」ではその経緯を描いている。米「パデュー・ファーマ(以下、パデュー社)」は、半合成オピオイド「オキシコドン(oxycodone)」の徐放剤(※成分がゆっくり放出するように工夫が施された薬剤)を開発。1995年末に「オキシコンチン(OxyContin)」として薬事申請し、FDA(※食品医薬品局)から承認を得る。そして、過剰なまでの営業攻勢でアメリカ全土にオキシコンチンを広めていったのだ。【瀬戸晴海/元厚生労働省麻薬取締部部長】
(全2回の第2回)
必要以上にオキシコンチンを処方すればどうなるか? 必然的に依存者が生まれ、過剰摂取による死亡者も出てくる。オピオイド系薬物の離脱症状(禁断症状)は極めてきつい。その苦痛から逃れようと依存者はオピオイドを求め続ける。

余談になるが、離脱症状は“DOPESICK(ドープシック)”と呼ばれることがある。これは麻薬を意味する“DOPE”と病気を意味する“SICK”を合わせた造語。“麻薬に侵された病気”、つまり“辛い離脱症状”という意味でアメリカでは一般的に使われている。
一方、薬物中毒者(正確には依存者)が“ジャンキー(Jankie)と”呼ばれることをご存知だろうか。「あいつは、ジャンキーだ……」というのは、麻薬犯罪映画でもよく使われる表現だ。これは鉄くずや廃品を意味するスラング“Junk”に由来するものだ。1914年にアメリカでヘロインが規制されると、金のない依存者たちは密売人から高額なヘロインを買うために、ガラクタを拾い集めては回収業者に売り渡していたという。そうした逸話から、ジャンキー(Jankie)との侮蔑的な呼称が生まれたと聞く。日本でいうヤク中、ポン中、シャブ中、ペー中よりも酷い言葉だ。
そして、オキシコンチンの蔓延は、全米に様々な影響を及ぼした。依存者は薬が切れてくると、耐え難い苦痛に襲われるため何がなんでも手に入れなければならない。近所にクリニックがない場合、重篤な依存者は躊躇なく自分の手足を金槌で叩く、あるいは車のドアに手を挟み力一杯閉める。こうして自傷して救急車を呼んで病院で処方してもらう者も出てきた。
しかし、アメリカの医療費は桁違いに高く、そう簡単に繰り返し手に入れることはできない。すると借金はむろんのこと、車や家財を売り払い崩壊する家族が出てくる。ギャンブル依存と同じだ。
「鎮痛薬」が犯罪を誘発する皮肉
金に余裕があれば“ドクターショッピング(医者回り)”に出かけるが、なければ処方箋偽造に窃盗、強迫にはじまり、クリニックや調剤薬局への強盗など新たな犯罪が生み出された。人を助けるための鎮痛薬が治安の悪化を招いたのだ。同時にアウトサイダーが参入してくる。こうなると違法薬物の売買と変わらない。
彼らはありとあらゆる方法でオキシコンチンを手に入れては転売・密売するようになる。正規の販売価格は10ミリグラムで10ドル(約1500円)、これが5~10倍に高騰したこともある。若者たちにもオピオイドは飛び火する。病気の親の錠剤の盗むことから始まり、あとはお決まりのコースだ。バージニア州のある高校では24%が少なくとも一度はオキシコンチンを経験したという報告もある。
お酒やBZP(ベンゾジアゼピン系の睡眠薬)と一緒に使用する者も出現した。車両から若者数人の変死体が発見され、車内にはオキシコンチンなどの処方薬と酒瓶が散乱していたという事件も発生する。
さらに、乱用者たちはオキシコンチン徐放剤に速効性をもたせ効果を強めようと錠剤を粉末状にしてスニッフィング(鼻腔吸引)、あるいは注射して使用するようになる。こうなると事態はより深刻化する。過剰摂取による死亡者数は急増、1999年の3,442人から2017年には1万7029人(処方薬のみで)に増加して行った。
「オピオイドベイビー」
また、オキシコンチンをはじめとするオピオイドは、当人のみならず、コカインなどと同様に生まれて来る子供たちへの影響も確認されている。オピオイド依存者が妊娠すると子供は母体にいながらオピオイドに冒されてしまう。それどころか毎日摂取しなければ胎児は発作を起こし、死んでしまう。アメリカの専門医に“オピオイドベイビー”について詳しく話を聞ける機会があった。その医師はこう話してくれた。
「無事に生まれたとしても約1ヵ月間は薬物に対する離脱療法を行う。赤ちゃんには発作を抑えるためのフェノバルビタール(※向精神薬)を投与し、ミルクにはモルヒネを数滴加えて飲ませる。毎年大勢の新生児たちが依存症のままに誕生している。これは悲劇だ!」
結局、1996年以降、約50万人がオピオイドの過剰摂取で死亡し、そのうち半数はオキシコンチンなどの処方薬が原因だとされている。ここで州や国も本格的に動くことになる。
「企業利益を上げるためにオピオイドを利用した」
「オピオイドの不正使用に関する報告を怠った」
「反キックバック法(※利益の一部を医師等関係者に還元することを禁じる法律)に抵触する」
これらの理由からDEAをはじめとする捜査機関は製薬会社の捜査に着手。医師、調剤薬局などその関係者まで摘発の対象となった。これに合わせるかのようにオクラホマ州は、「会社は誤解を招く広告手法で医師や患者にオピオイドの過剰摂取を促し、2000年からの20年間で州内6000人を中毒死においやった」として、パデュー社に触発されてオピオイド処方を奨励した、業界大手のジョンソン・エンド・ジョンソンを提訴する。これは全米でも初となる訴訟劇であった。
和解金「9000億円」
前代未聞の法廷闘争は原告である州に軍配が上がり、ジョンソン・エンド・ジョンソンには制裁金として6億ドル、日本円で約900億円が科される事態となった。大手製薬会社を相手取った訴訟は全米各地で巻き起こり、自治体だけでも48州と500市が訴えを起している。
では、数千件の集団訴訟の被告となった本命のパデュー社はどうなったのだろう。2023年、同社は「オピオイド危機を招き悪化させた責任を認める」と発表し「創業家のサックラー家が会社の所有権を手放し、会社が和解金60億ドル(約9000億円)を支払う」という和解案に同意した。ここで世論は、これでオピオイド問題は一旦決着するだろうとみた(私もそう思った)。
が、2024年6月、米連邦最高裁判所がその和解の無効を決定した。つまり、待ったをかけたのだ。その理由は「和解案は、オピオイドの蔓延を促した創業家のサックラー一族(その資産)を不当に保護するものだ」という。少し難しい話になるが、砕けた解説をすればこうなるだろう。
――創業家のサックラー一族さんよ、そもそもあなた方が仕掛けた麻薬ビジネスじゃないか。多くの被害者が生まれ何十万人も亡くなっている。パデュー社のみならず、あなた方も大量訴訟の被告となっているでしょう。会社が60億ドルもの高額な和解金を支払い、あなた方が会社から手を引いたからと言って済む問題ではない。あなた方が手に入れた資産は膨大じゃないか。もっと責任を果たすべきだ(これは筆者の勝手な解釈になるが……)。
“密造フェンタニル”の登場
同時にパデュー社の破産と債権計画も白紙に戻されたので、この前代未聞の法廷劇はまだまだ続くことになる。一方で「原告側が同意しているのなら和解を認めろ。被害者への救済金の支給が優先されるべきだ」との世論もあり、実に難解な問題となっている。
しかし、こうまでしても事態は一向に改善の兆しを見せなかった。各州も州法を定め、オピオイド処方量を削減しようと取り組みを強化しているが、むしろ蔓延は悪化の一途を辿った。最大の原因はメキシコにあった。
メキシコカルテルがオキシコンチンやヘロインの鎮静効果を遙かに凌ぐ、また、より利益率のいい“フェンタニル”という最強のオピオイドをひっさげて、アメリカに乗り込んできたのだ。ここで史上最悪となるフェンタニル危機が幕を開けることなる。
第1回【「1年で10万人」が犠牲に…全米に蔓延する「オピオイド禍」最大の元凶は350億ドルを荒稼ぎした「製薬会社」だった】では、アメリカを悩ますオピオイド禍がどのように始まったかを報じている。
瀬戸晴海(せと はるうみ)
元厚生労働省麻薬取締部部長。1956年、福岡県生まれ。明治薬科大学薬学部卒。80年に厚生省麻薬取締官事務所(当時)に採用。九州部長などを歴任し、2014年に関東信越厚生局麻薬取締部部長に就任。18年3月に退官。現在は、国際麻薬情報フォーラムで薬物問題の調査研究に従事している。著書に『マトリ 厚生労働省麻薬取締官』、『スマホで薬物を買う子どもたち』(ともに新潮新書)、『ナルコスの戦後史 ドラッグが繋ぐ金と暴力の世界地図』(講談社+α新書)など。
デイリー新潮編集部
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