幹細胞から作る人体のスペア「ボディオイド」で医療革命、だが倫理的議論も浮上
腎臓移植に15年も待つ課題を解消する一手になるか?
現代の医療研究には深刻な問題がある。それは「人間の生体サンプルの不足」だ。アメリカの科学者らが、この問題を解決する可能性のある新しいアイデアを提案した。それが「ボディオイド」と呼ばれる技術だ。
それは幹細胞を培養し、人体のスペア「ボディオイド(bodyoid)」を作り、献体として供給しようという大胆なアイデアだ。
それは意識も思考もないし、痛みも感じない。純粋に肉体だけの存在だ。この技術が実用化されれば検体を無限に供給できるほか、臓器移植が必要な大勢の患者を救うことができる。
まるでSFのような話だが、この技術が実用化されれば医療研究を大きく進める可能性がある一方で、倫理的な問題も浮上する。
人間の体が足りない、医療研究の大きな課題
マウスの若返りに成功! 3Dプリンターで肝臓のプリントに成功! こうした画期的な薬や医療技術のニュースはカラパイアでもたびたび紹介している。
だが、そんな技術が人間用に実用化されたという話はあまり聞かない。それはなぜなのか?
病気の中には、他人から臓器をもらって移植するしか治療法がないものもある。だが日本臓器移植ネットワークによると、そうした患者が臓器移植を受けるまでには数年、腎臓移植に関しては15年も待たねばならないのが現状だ。
スタンフォード大学のポスドク研究員カーステン・T・チャールズワース氏らによると、こうした問題はたった1つの根本的な問題に起因しているという。
それは医学・創薬の研究や臓器移植に使える人体が圧倒的に不足していることだ。
新しい薬の研究に使える人体がないから、生理学的に人間と必ずしも同じではない動物モデルが利用される。
仮に動物たちで薬の効果が確認されたとしても、人体での効果と安全性を確かめるための治験は、被験者が足りないゆえに、莫大な費用と10年以上の時間が費やされる。
もちろん臓器移植待ちの行列も、そう簡単にはドナーが現れないからだ。
人体の生体、フルスペアパーツ「ボディオイド」
だが最近のバイオテクノロジーの進展のおかげで、研究や臓器移植に求められる”人体のスペア”を培養できるようになる可能性が出てきたと、チャールズワース氏らは主張する。
それが「ボディオイド」である。それは人体そのもので、生きている。
だから動物モデルのように薬の作用が人体と異なることはないし、臓器を取り出して移植することができる。
それは細胞1つから培養される。ゆえにいくらでも生産可能だ。また意識や思考はなく、痛みを感じることもないため、倫理的な問題を最小限に抑えながら、生体に近い研究が可能になる。
この衝撃的な技術がいずれ実用化されるという主張の根拠は、最近のバイオテクロジーの進展だ。
たとえば、ある研究では、人体のあらゆる細胞になれる「多能性幹細胞」を利用して、人間の初期胚そっくりの構造を作ることに成功している。
また人工子宮技術も急速に発展しており、体外で胎児を育てることも現実になりつつある。
これらをさらに発展させれば、いずれ思考・意識・人格といった人間らしさがゼロの、純粋に肉体だけのスペアを生産できるようになる可能性は高い。
人間だけでなく、動物にとっても大きなメリット
このボディオイドが実現すれば、創薬や医療の研究に利用できる人体が圧倒的に足りないという問題を一気に解決することができる。
またその遺伝情報や生理学的情報から、患者個人個人に合わせた薬を作ることもできるだろう。
それは臓器移植に関しても同様だ。
患者はいつ手に入るかわからない臓器を一日千秋の思いで待つ必要はなくなる。それどころか、患者本人の細胞から作られたボディオイドなら、これまでは一生飲み続けねばならなかった免疫抑制剤からも解放される。
ボディオイドは人間だけでなく、動物にとっても大きなメリットのある話だ。
これまでは人間の薬を開発するために実験台にされてきた動物モデルだが、自由に使える人体があればその必要はなくなる。
さらにこの技術を家畜に応用すれば、動物に恐怖や苦痛を与えることのない食肉生産も可能になるかもしれない。
克服すべき技術的・倫理的なハードル
とは言え、本当にボディオイドが実現するという保証はないと、チャールズワース氏らは指摘する。
越えねばならない技術的なハードルが多々あり、幹細胞から作られたヒト胚を体外で完全な人体に育てられるのか確実なことがわからないからだ。
ボディオイドが完成したとしても、期待通りの成果があがる保証もない。人体が脳を持たない状態でも生き続けるのか定かではないし、それが生体モデルとして問題なく機能するのかもわからない。
また、ボディオイドの育成期間やコストは多大なものになる可能性があるため、商業的・経済的に成り立つのかもわからない。
もう1つの大きな問題はやはり倫理的なものだ。
意識や痛みがないとはいえ、細胞1つから人工的に人体を育て上げモノとして扱うことは、はたして許されるのだろうか?
だがチャールズワース氏らは、それによって現代医療や食料生産にまつわるさまざまな倫理的問題が解決されるだろうと指摘する。
動物実験や畜産が倫理的ではないと反対する人たちは大勢いるが、ボディオイドがあればそれをしなくて済むかもしれないのだ。
チャールズワース氏らは、ボディオイドの研究開発を急かしてはおらず、十分な議論や社会的合意が必要であるとしている。
それがもたらすメリットは人間だけでなく、動物たちにとっても大きい。
それゆえに、ボディオイドに関する議論を、その技術的可能性が現実的になり始めたまさに今始めるべきだろうと主張する。
ボディオイド実現への道は困難で、そもそも実現不可能かもしれないし、たとえ可能だったとしても実行されない可能性もある。
だが「慎重さが必要であるのと同時に、大胆なビジョンもまた必要」であると研究者らは考えている。
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