「中国でとても有名な人たちも日本に来る準備を進めています」月島のタワマンに移住した新移民の暮らしぶりとは
日々、存在感を増す中国新移民。彼らが今、日本のタワマンを気前よく「爆買い」しているのは周知の事実だろう。そんな、自国・中国から脱出し、日本のタワマンに住む彼らの生活やその理由はいったい何なのか。
【画像】中国出身の経験豊富なベンチャーキャピタリストたちが今狙っている日本の投資先分野
『潤日(ルンリィー): 日本へ大脱出する中国人富裕層を追う』(東洋経済新報社)より一部を抜粋・再構成してお届けする。
高度人材ビザで来日するタワマン住民の中国人
50代のフランク氏(仮名)も、東京ベイエリアにあるタワマンに最近越してきた中国人の1人だ。会計業界で長年勤めていたこともあり、誠実な人柄だという第一印象だった。
文化に対する造詣が深く、浮ついたところが見受けられない。まさに中国語で言うところの「靠譜」(信頼できる)といった感じ。やや背が高く、白髪が目立つせいか、実際の年齢よりは年上に見える。趣味は妻と行くスキーやハイキングで、アクティブな性格だ。
2024年の年明け、そのタワマン近くのカフェでじっくり話を聞く機会を得た。初めて日本で過ごした正月について興奮気味に語り出す。
「元日は、明治神宮前の行列がすごかったです。箱根駅伝を見に日本橋まで行ったりもしました。紅白歌合戦も見ましたよ。YOASOBIのパフォーマンスに感動しました」
彼とはいつも英語でやり取りをする。六本木をうまく発音できず、何度も「ろっぽんじ」と間違えていたのが妙に印象的だった。
フランク氏は中国沿岸部のある都市の出身。上海で暮らしていた時間が一番長いが、香港や北京に住んだこともあり、また欧州への留学経験もある国際派。外資系の会計事務所が中国に進出した際に現地採用で入社した最初の世代の1人だ。後に4大会計事務所のパートナーにまで昇進した。
十数年ほど前から本格化した観光ビザの緩和で何度も日本に訪れたことがあった。月島駅近くの新築タワマンで、広さ55平方米の中層階の2LDKを2019年に買っておいた。当時は7500万円程度だったが、現在までに日本円換算で70%ほど価格が上昇しているという。
当初はマレーシアへの移住を考えていたが、コロナで現地の受け入れスキームそのものがストップしていた。ポルトガルも検討したが、コロナの最中に、当時住んでいた香港からポルトガル駐マカオ領事館に行くことを求められ断念。その際、在日歴の長い知人から、日本移住のことを聞きつけ、来日を模索するようになった。
2022年2月に申請して、在留期間5年の高度人材ビザが1カ月もせずにすんなりとおりた。こうして高度人材ビザで来日するタワマン住民は少なくない。
移住してきたフランク氏の暮らし
フランク氏は、今は東京でゆとりのある生活を送っている。日本を訪ねてくる友人と食事に行ったり、鎌倉へ小旅行に行ったりするのが楽しみ。他にもジムやゴルフシミュレーションといった共用スペースを使用したこともあるそうだ。
仕事があるときはまとめて取り掛かり、タワマン最上階のコワーキングスペースでパソコンを使用することも。コロナがきっかけでZoomやTeamsなどを使ったオンライン会議が普及したことも、彼のような国際派にとってはプラスだった。
時間があるときは、決まって読書する。仕事の関係で、2カ月に1回のペースで北京や香港に飛ぶ。「ビジネスをやって、関係を維持しておくのが目的」だとのこと。
部屋にはある程度満足している。このタワマンも「香港でいうところの新鴻基地産発展(時価総額で香港最大の不動産開発会社)のような」日本の大手デベロッパーが手掛けていることもあり安心感があった。
当時はまだ中国人によるタワマン爆買い前夜で、抽選もなくすんなり買えたと振り返る。
「香港は内装が派手でお風呂にテレビスクリーンがついていたりするけどすぐ壊れたりします。こちらは飾り気がないけど実用的ですね。部屋が小さめではありますが。香港で高層マンションに住んでいたときは部屋から山が見えたりしたんですが、隣のビルとの距離が近くて……。ここは見晴らしがいいですね。窓からは東京タワーの一部が、そして隅田川が見えます」
部屋の調度品は豪華絢爛というわけではなく、高品質のものをスッキリと配置している。
意外なことに、日常生活は至って地味だ。買い物に「ららぽーと豊洲」に行くときも、銀座にブランド物を買いに行くときも歩く。普段食べる魚は近所のスーパーで買い、たまに築地にのどぐろや穴子を買いに行くのが楽しみなのだそうだ。
日本経済の復活に賭ける
中国共産党の支配がいつまでも続かないとの見方がありますねと話題を振ると、声を潜めて賛同を示した。
「中国経済は1960年代や1970年代に戻るかもしれない」と暗い見通しを持つ。それとは対照的に、周りでは日本経済への関心が高まっていると感じる。
「今、日本株に熱視線が注がれています。中国人主体のファンドは、ケイマン諸島で登録し、実働部隊は香港とシンガポールの両方にというのが典型です。こうしたファンドのアナリストは中国が拠点のことが多いですが、彼らもいまや中国マーケットは見ずに、日本市場を見ているんです。今はこうした人々は日本に出張ベースで来ていますね。こういう人たちをどれだけ日本に定住させられるかが重要だと思いますよ」
その言葉はまさに予言のようだった。2024年1月中旬には、「日本株に連動する上場投資信託(ETF)に、中国の投資家が殺到し、取引は一時停止された」というニュースが駆け巡った。
折しも、同月下旬には、米ブルームバーグ通信が、インド株式市場の時価総額が香港市場を初めて抜き、世界4位に浮上したと報じた。
程なくして、東京株式市場の時価総額が上海市場を抜いたとの一報も続いた。景気低迷で中国や香港市場が冷え込んでいることを改めて印象付けた。
今後は中国マネーの流入がさらに加速すると見る。
「中国出身の経験豊富なベンチャーキャピタリストたちが日本に来る準備を進めています。中国でもとても有名な人たちです。中国もしくは海外で良好な教育を受けた、価値観も西欧に近いような人たちで、年齢的にはまだまだ働ける世代。今年はそういう動きの出る最初の年になりそうです。まだまだ初期段階で、種を蒔いているような感じです。こういう人たちは、ITやアニメなど文化関連の分野への投資を考えています」
こうした米国など他国のパスポート保持者を含む中国新移民は、日本企業に活力をもたらすきっかけになると考える。日本の大手企業はIR(投資家情報)を英語でも出すが、これからはより中小企業も出していくべきと訴える。
「新たな地政学的状況からすると、今後20~30年で日本は『黄金期』をまた迎えるのではないかと見ています」
そう言い切った。
文/舛友雄大
『潤日(ルンリィー): 日本へ大脱出する中国人富裕層を追う』(東洋経済新報社)舛友 雄大 (著)

2025/1/22
1,980円(税込)
336ページ
ISBN: 978-4492224243
日本に押し寄せる中国“新移民”とは何者なのか?
●中学受験で躍進する中国人富裕層の子どもたち!
●湾岸タワマンをキャッシュで爆買い!
●現金を日本に持ち込む地下銀行ルートの実態!
●銀座のど真ん中を一望できる会員制クラブ!
●北海道ニセコ町を開発する香港系投資家の勝算!
「潤」は、最近中国で流行っている言葉で、さまざまな理由からより良い暮らしを求めて中国を脱出する人々を指す。もともと「儲ける」という意味だが、中国語のローマ字表記であるピンインでRunと書くことから、英語の「run(逃げる)」とダブルミーニングになっている。「潤日」コミュニティ――、多くの日本人が知らぬ間に、中国や日本、そして世界の変化に応じる形で急速に存在感を増しつつある。
この全く新しいタイプの中国人移民たちをつぶさに訪ねて耳を傾けると、その新規性や奥深さを痛切に感じるとともに、日本の政治、経済、社会に見逃せないほどの大きなインパクトをもたらしつつある現状が見えてきた。
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