岸田文雄首相は10月3日に行った所信表明演説で「急激な値上がりのリスクがある電気料金」について「家計・企業の電力料金負担の増加を直接的に緩和する、前例のない、思い切った対策を講じる」と表明した。ここまで大見得を切るくらいなので一体どのような対策なんだろうと思っていると、同月28日に公表された総合経済対策の中でその具体的内容が明らかとなった。
ふたを開けてみると特段の新味はなく、来年1~9月の期間、消費電力1キロワット時(kWh) 当たり7円(9月は3.5円)の価格補助を行い、平均的な世帯は年間4万5000円の支援を受けるという内容のようだ。何のことはない、今年1月から実施されているガソリンや軽油などの燃油補助金と同様のスキームで、電気小売業者に電気料金を引き下げるための補助金を交付するというものである。
しかしこうした価格補助は愚策というほかない。無分別なバラマキだからというだけではない。市場の資源配分の最適化機能を損ない、日本社会にとって正しい水準を超えて過剰に電力を消費することになってしまうためである。
その帰結はわが国の国富の海外への流出である。ましてや経済産業省は今冬12月から3月にかけて電力需給の逼迫を想定し、11月1日に節電要請を発している。電気料金の価格補助は値上げがもたらす節電の動きを打ち消し、電力需給の逼迫に拍車をかける結果を招くだろう。停電危機の回避よりも国民の一時的な歓心を得ようとポピュリズムを優先したと糾弾されても仕方ない。
需給のバランスを狂わす価格補助
電気料金の値上がりは、ウクライナ戦争などの影響で化石燃料価格が高騰し、化石燃料を使用する火力発電のコスト急騰が原因である。化石燃料の希少性(入手の難しさ)が高まった現状を正しく反映したものである。
発電コストの上昇は、従来の料金水準ではこれまでと同じ量の電力を供給できないことを示している。他方、需要面を見れば、電気料金が値上がりすれば電気利用者は光熱費をこれまでの支出額の範囲に収めようと電気の使用を節約する。
こうして発電/消費電力の量が正しい水準、すなわち以前よりも減少するよう調整される。これが価格の変化がもたらす市場の資源配分の最適化機能であり、崩れた需給バランス(この場合は供給力に比して過大な需要)を価格の変化によって電力事業者および電力消費者の行動を変え、再びバランスさせるのである。
価格補助はこの価格の需給バランス回復効果を阻害する。化石燃料の希少性が大幅に高まった現実が厳然と存在するのに従来と変わらず電力を消費すると、当然ツケが回ってくる。
電気料金の値上がりを補助金で抑えれば、本来減少するべき電力消費量が減ることなく、日本全体で見た化石燃料購入のために支払う金額は化石燃料の価格上昇分だけ増加する。供給力の低下を反映して価格が上昇していれば需要が減少し、化石燃料の輸入額を抑えることができるにもかかわらず、である。
補助金で値引かれているので家計・企業の財布からお金が出なくても、国家財政という財布から多くのお金が出ている。今回の電気料金の価格補助のために来年1~9月という1年に満たない期間で、ガス料金補助と合わせて3.1兆円もの補助金が支出される。燃油補助金も合わせれば6兆円を超える巨額の財政支出である。
言うまでもなく、国家財政という財布に入るお金はわれわれの税金からだ。課題山積のわが国は研究開発支援や教育費の増額など税金を使うべき使途はいくらでもある。そうした重要な政策目的を犠牲にして電気料金を安くするのは正しい選択と言えるだろうか。
価格上昇は電力消費を削減し、停電の可能性も減らす
価格の資源配分の最適化機能にはもうひとつ有用な効果がある。発電コストの上昇によってわれわれは社会全体で電力消費を削減する必要があるが、誰が消費を減らすのかを決める上で、ある程度正当性のある基準を示すことができるという点である。しかもその基準に従って自動的に電力消費量が削減される。
その基準とは個々の家庭や企業にとっての電力の必要度であり、それは通常、政府はもちろん電気事業者にも分からない。しかし価格が上昇していくと電力を強く必要としていない需要者から順番に消費を減らしていくし、電力を強く必要としている人たちは価格が値上がりしても電力を使い続ける。
実際には電力を一切使わないという選択を取る人はほぼいないので、多くの家庭や企業でまずは削減しやすい部分から節電を進めていく行動を始めることになるだろう。政府が節電を呼び掛けるよりもずっと効果が出るはずだ。
ただし、電力の必要度は消費者の経済状況によって影響を受けることには注意が必要である。電気料金値上げがもたらす打撃が相対的に大きい低所得の家庭は暖房を止めて寒さに耐えながら節電する場合もあるだろうし、他方で高所得の家庭では、電気代など全く気にせず、暖房をつけっぱなしにするかもしれない。
確かに不公平ではあるが、それは社会に厳然と存在する所得格差の問題であり、別途対策を考えるべき事柄である。電気料金の負担軽減を考えるならば、低所得家庭に限定して直接給付金を支給する方が望ましい。そもそも電気料金の値上げを帳消しにする価格補助の場合、高所得者も値引きを享受することができるため格差問題の解決にはならない。
政府がやろうとしている電気料金の価格補助は電力の過剰消費を助長し、停電の危機を招き寄せる恐れがある。そして仮に停電が実際に起こってしまった場合、電力を切実に必要としている家庭や企業も強制的に電力消費を断念しなければならなくなる。
東日本大震災の際、関東地方では地域を指定して一律に輪番停電を実施したことを思い出して欲しい。大災害であったのでやむを得ない面はあるが、あの局面でも有無を言わせない停電の強制ではなく、価格を大幅に引き上げてそのアナウンスを周知徹底して、消費者の行動変容を促した方が望ましかったと考える。当時、病院など電力の必要度が極めて高い消費者が停電対応のため右往左往していた様子は価格の資源配分の最適化機能の重要性を改めて物語るものだった。
富める者は好きなだけ電気を使い続けるのに、貧しい者は寒さに震えるということにやるせなさを覚えるのは筆者も同感だが、電力の必要度は当事者以外は判断できないし、そもそも他の人たちと比較可能なものでないので、結局一律に価格補助を適用しようということになってしまう。その帰結が電力の過剰消費を止めることができず停電の発生ということになれば、富める者も貧しい者もみな平等に電力を使えないということになる。溜飲が下がるかもしれないが、切実に電気の使用が必要な消費者の電力消費を妨げる、誰も幸せにならない悪平等でしかない。
目先の人気取りが停電の引き金を引く可能性も
それにしても電気料金の価格補助と節電要請という全く相矛盾する政策をほぼ同時期に公表するというのはあまりにチグハグで、政府の経済政策の形成機能に問題が生じていると疑念を抱かせる。恐らく支持率低下に直面すると安易なバラマキで回復を図ることが習い性となっている現政権の押し込みによるものという大方の見方が正しいのだろうと思われる。
しかしバラマキをすれば国民の歓心を買えるという考えも随分日本国民を馬鹿にした話であるし、そうして支持率が高まったとしても所詮一時的なものに過ぎないだろう。価格補助で電力の過剰消費が解消されない状況において、今年3月に生じたような気象条件の変化などで電力需要が急増した場合、停電の危機が高まる恐れがある。
すなわち、価格補助を続けていくことは目先の人気取りを優先して停電危機の引き金に手をかけている状況であると言え、電力の安定供給に腐心すべき政府としてあるまじき愚行である。
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確かにこの指摘は一理あると思います。
やり方がまるで共産主義社会と似たようなもので市場原理を政府がコントロールするという愚策
で正常な需給バランスと価格バランスを崩すからです。
また所得格差による低所得者が一番被害を被るものであり、低所得者に無税の補助金を配るのが
本来のやり方だろうと思います。
なぜ、財務省がここまで企業に対する補助金というやり方にこだわるのかと言うと、それは国民
への直接支給が税収増に結び付かないからです。
つまり、電力会社は補助金をもらうことで収入が増えるので、それは当年度の税金の支払い額が
増加することを意味します。そして、結局は政府の出した補助金が税金として政府に還流する結果
となるということです。そのため、電力会社は補助金を丸々使えるわけではないということです。
これはコロナ禍で多くの企業が補助金をもらっても年末の確定申告で支払う税金が増え大きな恩恵
を受けなかったという事実があります。
最終的には財務省の懐を潤す結果となるやり方だと言うことです。これが第一の補助金を出す目的
だろうと思われます。
また、こうしたインフレに一番効果的なのは消費税減税だろうと思われますが、財務省が減税に
一切応じないのは税金は下げてしまうと次に上げるときに国民の大反発を食らい上げにくくなる
というのがあるようです。
そのため、彼らが好むやり方が自らの懐を潤す補助金と言うことです。
これと似たようなことは海外ODAでも行われていて、海外諸国で日本企業が事業をODA補助金で
実施するのですが、その2~3割が政府に政治献金と言う形で戻り、さらには税収も増えるという
おいしいやり方になっているのと同じことです。
結局は財務省も政治家も自分たちの利益にならないことはやらないと言うことです。
つまりはそこに国民は存在しないと言うことです。
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