自民党や財務省、総務省、知事会などが総出となって「税収減」を盾に減税つぶしの包囲網
総選挙で「手取りを増やす」と掲げて躍進した国民民主党の玉木雄一郎代表は、不倫スキャンダルが報じられると平身低頭のお詫びに追い込まれた。自民党と財務省はこの機に「玉木つぶし」に動き出したが、弱気に付け込まれて公約に掲げた減税の要求を後退させれば、その時こそ国民への裏切りと見なされ、厳しく責任を問われることになる。【前後編の前編】
不倫報道後の“変化”
総選挙躍進で“時の人”となった玉木雄一郎・国民民主党代表だが、いざ自民党と「手取りを増やす」交渉を始めたタイミングで不倫スキャンダルに見舞われた。
「妻子のある身でほかの女性にひかれたということは、ひとえに私の心の弱さだと思う」
と謝罪会見で事実を認め、涙を見せた。脇が甘すぎであり、情状酌量の余地などないが、この不倫騒動は国民生活にも影響を及ぼしかねない。
玉木氏は収入がそれ以上になると税金がかかる「年収の壁」(課税最低水準)を103万円から178万円に引き上げ、減税によって国民の手取りを増やすことを自民党に突きつけている。
実現すれば、年収500万円のサラリーマンなら手取りが年間13.2万円増える計算になる。
不倫発覚後も玉木氏は国民民主党の代表に留まったが、謝罪会見で許されたと甘く考えるべきではないだろう。国民は玉木氏が公約の「103万円の壁」引き上げを実現できるかを注視している。責任追及を猶予したにすぎないのだ。
一方、このスキャンダルが報じられて喜んだのが財務官僚たちだ。
減税反対の財務省は、玉木氏の主張通りに課税最低水準を引き上げた場合、国と地方合わせて7兆6000億円もの税収大幅減になるという試算を公表して減税に抵抗。それに対して玉木氏が「7兆円かかるなら、7兆円をどこかから削るのは政府・与党側の責任だ。われわれはとにかく103万円を178万円にしてくれと要請していく」と突っぱねるなど、スキャンダル前は激しいバトルを展開していたからだ。
「財務省内では不倫が報じられると、『これで103万の壁引き上げなんて絶対やらせない。せいぜい110万の壁まで上げたら御の字だろう』といった声まで出ていた。幹部のなかには、もう国民民主の勢いがなくなると見て、増税派の野田佳彦・立憲民主党代表詣でを始めた者も。“玉木さんがつぶれたら財政規律(増税)をお願いしたい”と働きかけるつもりのようです」(財務省担当記者)
自民党も態度を変えた。それまで少数与党の石破政権は「補正予算を成立させるためには国民民主の協力が不可欠。総理は玉木の言い分をある程度飲むしかないと考えている」(官邸筋)という姿勢だった。ところが、報道を機に「地方の税収がかなり減る見込みと報告を受けている。税制の議論は地方に迷惑をかけない姿勢で臨むことが大事だ。国民民主党にも伝えたい」(小野寺五典・政調会長)と玉木氏を牽制する強気の姿勢に転じたのだ。
「裏切りやがって」
玉木氏の求心力が下がったのをチャンスと見て取った自民党や税務当局の財務省、総務省は「税収減」を楯になんとしても減税をつぶす構えだ。
玉木氏の主張に対して財務官僚は騒動前からこう触れ回っていたという。
「103万円の壁の主張の盛り上がりを受けて、財務官僚は議員やマスコミへのレクを強め、ほうぼうで『財源不足だ』『仮に扶養者控除で甘い顔をしたら、財政規律など無視した提案を次々とやってくる』と言い回っていた」(全国紙記者)
メディアでも「103万円は幻の壁?」(11月8日付、朝日新聞)など“玉木減税”に水を差す報道が相次いだ。
政策論争としてだけでなく、玉木氏の主張がきっかけで選挙後に財務省を中傷するSNS投稿が殺到──という、主張自体が害を招いているとの印象を与える報道も見られた。なかにはコメント数が選挙前後で約20倍以上に急増したなど、やけに数字が詳細に報じられているものもある。
政治ジャーナリスト・長谷川幸洋氏(元東京・中日新聞論説副主幹)はこう語る。
「玉木氏は103万円の壁の引き上げだけでなく、実質賃金が上がるまで消費税を5%に下げるべきだと言っているし、教育国債を年5兆円程度発行して(医療保険料に上乗せして徴収される)子育て支援金は廃止だと主張している。再エネ賦課金徴収を停止して電気代を値下げするとも言った。特に玉木氏は財務官僚出身ですから、官僚たちからすれば“裏切りやがって”と受け止め、“絶対につぶせ”という話になる。
そうなった時の財務省は様々なアプローチを取れる。出先である地方の税務署長は各地の経済人とのつながりで常日頃から地元の国会議員に関するネタを集めており、今の状況で玉木氏の情報を探っているのは間違いないでしょう」
“玉木つぶし”の動きでは、知事会も強硬な反対の声を上げている。
全国知事会の会長を務める村井嘉浩・宮城県知事は、“玉木減税”を実施すれば同県では810億円の減収となり、「たちどころに財政破綻するだろう」と語り、「私が総理の立場なら首を縦に振らない」と反対を表明。
さらに経済界からも新浪剛史・経済同友会代表幹事が「7兆円は相当厳しい話だ」と税収減の問題を厳しく指摘した。
「知事会や経済界に根回しして税収が減ると危機感を煽り、減税に反対させるのは官僚の常套手段です。地方創生を掲げる石破茂・首相は、知事会が反対すれば玉木氏の要求を飲みにくくなる。外堀を埋めようとしている」(前出・全国紙記者)
自民党が減税を阻止したいのは、公共事業費などの削減に手をつけられたくないからだ。
「岸田文雄・前首相は定額減税と非課税世帯への給付で5兆円くらい使ったし、石破総理もこの臨時国会で能登の震災復興や国民の生活支援などで13兆円規模以上の補正予算を組む方針だ。これは1回だけの支出だから財務省は認める。
だが、玉木氏の主張する103万円の壁を引き上げる減税をやれば、毎年7兆円以上の税収が失われる。毎年国債を増発するわけにはいかないから、公共事業費や補助金を削ることになる。各省は既に来年度予算の概算要求を提出しているが、財務省は各役所や与党議員に『減税と財源問題が決着するまでは予算が組めない』と触れ回っている」(自民党政調関係者)
財務省は自民党、霞が関、知事会、経済界が総出となる「減税つぶし」包囲網を敷いているのだ。
さらに、財務省は国民にも矛先を向けた。
自民党と国民民主党の103万円の壁をめぐる協議が始まった11月8日、厚労省が厚生年金加入の収入要件である「年収106万円の壁」の廃止を検討していることが一斉に報じられた。年金博士こと社会保険労務士の北村庄吾氏が語る。
「夫が会社員で、妻がパートなどで働いている場合、現在は妻が週20時間以上勤務しても、月収8万8000円(年収約106万円)未満であれば第3号被保険者となって厚生年金に加入しなくていい。給与から年金保険料が取られることはありません。しかし、今回浮上した収入要件の撤廃が実施されると、週20時間以上働いたら厚生年金に加入させられ、給料から厚生年金保険料と健康保険料を天引きされるようになります」
(後編に続く)
※週刊ポスト2024年11月29日号
【手取り減少・図解シミュレーション】年収104万円なら15.7万円の減収も…財務省が目論む「106万円の壁」撤廃計画、「103万円の壁」引き上げ論議への意趣返しか
自民党と国民民主党の103万円の壁をめぐる協議が始まった11月8日、厚労省が厚生年金加入の収入要件である「年収106万円の壁」の廃止を検討していることが一斉に報じられた。年金博士こと社会保険労務士の北村庄吾氏が語る。
「夫が会社員で、妻がパートなどで働いている場合、現在は妻が週20時間以上勤務しても、月収8万8000円(年収約106万円)未満であれば第3号被保険者となって厚生年金に加入しなくていい。給与から年金保険料が取られることはありません。しかし、今回浮上した収入要件の撤廃が実施されると、週20時間以上働いたら厚生年金に加入させられ、給料から厚生年金保険料と健康保険料を天引きされるようになります」
年間15万円の手取り減
国民にとって所得税・住民税の「103万円の壁」引き上げは減税で手取り増になるが、この「106万円の壁」が撤廃されると逆に手取りが大きく減るのである。
別掲の図は、「106万円の壁」撤廃で手取りがどれだけ減るか北村氏の協力で試算したものだ。
時給1000円のパートやアルバイトで週20時間勤務、月収8万6667円(年収104万円)のケースでは、厚生年金に加入させられると毎月の手取りが7万2492円へと約1万4000円ダウン。年間では約15万7000円も減る。しかも、この給与水準では保険料を支払うことで増える将来の年金額は「ごくわずか」だ。
「年収100万円だと厚生年金保険料は年間9万1500円引かれる計算になるが、1年加入して増える受給額は年5500円だけ。20年加入すれば年11万円増えるものの、その間に支払う保険料は183万円です。16年半受給してやっと元が取れる計算ですが、物価上昇などで年金は目減りするため、実際には20年近くかかります」(北村氏)
適用対象となる企業が「従業員51人以上」という規模要件も撤廃されるとされ、厚労省は対象者は全国200万人にのぼると推計しているが、これはまるで103万の壁を引き上げる動きへの“意趣返し”ではないか。
「どさくさに紛れて106万円の壁もなくしてしまおうというような話」(同前)であり、パートなど低所得者を厚生年金に強制加入させ、社会保険料を払わせることで、税収減を埋め合わせようという発想が透けて見える。
それはこれまでの議論の経緯を見ても明らかだ。北村氏が指摘する。
「今年は5年に一度の財政検証の年ですが、『年金部会』でも『有識者懇談会』でも106万円の壁を“撤廃”という議論にはなっていませんでした。たしかに、国は厚生年金の適用拡大を進めていましたが、次の年金改正では、51人の規模要件をなくす。さらに、将来的には月収5万8000円以上(年収約70万円)の人が全員、厚生年金に加入する『70万円の壁』に下げるシナリオが議論されていた。それがいきなり70万円を飛び越えて106万円の壁を撤廃するという話になった。あまりに突然出てきた改革で驚きましたよ。
103万円の壁引き上げが実現しても、一緒に厚生年金の106万円の壁が撤廃された場合、この収入水準の人は減税のメリットはほとんどなく社会保険料負担のほうがはるかに重い。差し引きしても手取りは大きく減ります」
増税も待っている
意趣返しのような動きは、年金保険料をめぐるものだけではない。経済ジャーナリストの荻原博子氏は今後、103万円の壁の減税議論が本格化すれば、財務省はその“対価”を求めて国民への負担増を迫ってくると見る。
「103万円の壁引き上げで失われる財源7兆円は、厚生年金の106万円の壁廃止による保険料収入の増加だけでは賄えない。財務省は今後、増税に走ることになる。
税制大綱では16歳から18歳までの扶養控除を見直すことになっているし、配偶者控除の縮小・廃止、あるいは政府税制調査会の中期答申に盛り込まれた給与所得控除の見直しや退職金増税などで、失われた税収分を取り戻そうとするでしょう」
さらに荻原氏は「今の財務省の懐は潤っている」と指摘する。
「国の税収は4年連続で過去最高を更新し、2023年度は72兆円。5年前より年間14兆円近く増えている。実は財務省は税収バブルなんです。それをいろんな基金に貯め込んでいる。そうした税収増と埋蔵金を使えば、国民負担を増やさなくても減税はできるはずなのです」
玉木氏が不倫スキャンダルで揺さぶられ、103万円の壁の引き上げを妥協すれば、その時こそ国民への裏切りとして断罪されるだろう。
※週刊ポスト2024年11月29日号
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