郵便局が民間企業ではなく”ブラック企業”になったワケ
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■意外だった郵便局内部からの情報提供
――本書は末端の郵便局員が保険契約の過剰なノルマや、自分で年賀状を買って販売枚数を稼ぐ「自爆営業」に苦しんでいるブラック企業的な現状から始まります。読み進めていくと、『ブラック郵便局』という題名が、実際には現場にとどまらない郵政全体のブラックな構造から来るものであることが、次第に明らかになっていきます。
【宮崎】取材の出発点は、局員がノルマに追い詰められていること、自死を選んでしまった局員の存在、保険のノルマを達成するために顧客のお年寄りを騙すようにして契約を結んでいるという実態に対する問題意識でした。
しかし取材を重ねる中で、それが単に一つ一つの職場の問題、単純なノルマや働き方の問題であるだけではなく、郵便局のあり方や政治とのつながりという、構造的な問題から来るものであることが分かってきたのです。まさか政治の話にまでたどり着くとは、取材を始めた当初は思ってもみませんでした。
郵便局に関する問題は西日本新聞で記事を出すたびに大きな反響があり、内部からの情報提供が多かったことも他の取材とは異なる点でした。組織の問題を追及するような記事は、その組織にいる人からすれば世間に知られたくないことですし、統制の取れた組織ほど、指摘された部分に内部で対応しようとします。そのため、内部の声が外に出てくることはあまりないのです。
■3年間で1000件もの告発
ところが郵便局に関しては次々に情報が寄せられ、3年間で1000件にも上りました。現状に疑問を抱いている人たちからは、切々と綴られた長文のメールが来ることもたびたびありました。話を聞いているうちにこちらも専門用語に詳しくなってきて、自分も郵便局で働いているような気持ちになってきたほどです。
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一方、内部には現状の仕組みに疑問を持っていない人、おかしいと思いながらも従うしかないと考える人もいれば、進んで仕組みに乗ることで契約件数をあげて高額のインセンティブをもらっているような人もいました。こうした人たちには、取材に行っても話を聞かせてもらえないことがほとんどでした。
職場での軋轢に苦しむ当事者の話は、やはり重みが違います。しかし「ノルマがきつい」だけではなかなか記事にはできませんし、きちんと裏付けを取らなければ郵政側から「営業妨害だ」などと言われかねません。保険勧誘で高齢の顧客を騙して契約するような法令違反の事例や、裏付けを得られる事例を積み重ねることで、結果的に構造的な問題が見えてきました。
■局長会と自民党の関係
――政治との接点を持っているのが「局長会」という存在です。
【宮崎】全国に約1万9000局ある、窓口業務を担う小規模な局の局長たちのほぼ全員が所属するのが「全国郵便局長会(局長会)」です。法的な位置付けのない任意団体ながら、郵政事業に関する法改正などに一定の力を及ぼしています。
政治活動にも汗を流し、局長会の元会長らを自民党から擁立して政界に送り込んでいます。局長たちは消防団などの地域貢献活動を重ねて住民との関係を築きながら集票活動を行い、2019年の参院選では60万票を獲得しました。
参議院選挙の比例代表は集めた票の総数で議席配分が決まりますから、まとまった票を集めてくれる組織は政党にとって重要です。だからこそ、局長会も自分たちに都合のいい法改正を行うよう、自民党に要請するのです。
小規模な郵便局の統廃合に反対し、自らの存在感を温存したい局長会は、与党と結びつき熱心に動いています。そして自分たちの地位を守らせるよう、会社にもにらみを利かせてもいます。
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■旧態依然な組織が続くワケ
――選挙違反と思しき事前活動を行ったり、日本郵便の経費で購入したカレンダーを集票活動に使ったりと、かなりグレーなことをやっています。さらには圧力をかけて各局長を運動に参加させ、集票が少ない局長はつるし上げる。いかにも旧態依然な組織という印象です。
【宮崎】外から見れば違和感を覚えるような状況があることは確かです。そもそも、局長会が認めた人物しか局長になれないという仕組みがあり、世襲も少なくありません。
局長になるための会社の試験を受ける前には、局長会が開く研修を受けるよう求められ、受講者がお金を払うケースもあります。
局長になれば半強制的に局長会に入らされ、選挙のための運動もしなければなりませんから、局長候補は「もし局長になったら、妻も選挙を手伝えるのか」などと迫られることになります。
局員が「局長会の言いなりになるのは嫌だ」と考えて局長になる目標を諦めたという事例もあり、なり手不足の要因になっています。
■民営化のしわ寄せは末端の局員に
【宮崎】そもそも局長会は同質性・同調性の強い組織ですが、加えて「応援している候補を当選させ、得票数を伸ばすことが、ひいては郵便局の存続につながり、地域のためにもなる」という論理で、活動に力を入れている人もいる。そうした人からすれば、局長会を中心に行っていることは「いいこと・正しいこと」になりますし、使命感を持って取り組んでいる人もいるでしょう。
郵便局という存在自体が、「他の民間のサービスとは違って公の役に立っている」という面はありますよね。その仕組みを守ることの何が悪いのかと言われれば、気持ちはわからなくはない。地域の郵便局を統廃合すれば経営は効率化できるかもしれませんが、地域の郵便局がなくなってしまうことで、困る人も出てくる。そうした事態を防ぐためにやっているのだ、と。
一方で、民間企業として考えた場合、何をどこまでやるべきなのかには議論があります。保険や貯金はインターネットでもサービスが受けられる。全国の郵便局の窓口業務を今のまま運営するには年間1兆円にもなる莫大な維持費がかかり、利益を上げるためのしわ寄せが末端の局員に行っている現状がある中で、それでも全国2万4千の地域の郵便局網を維持すべきなのか。
結論は簡単には出ませんが、経営の合理化や時代に合ったサービスの導入も含め、考える必要があるはずです。
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■日本郵政が力を入れている意外なサービス
――郵便局が地域に密着して、過疎地であればなおのこと、他のサービスがない中で郵便局の役割は大きい、と郵政側はアピールしています。しかし実際にはそれが悪用されて、保険を不正に販売したり、局長会のような他の民間企業ではありえない状況が温存されたりしている。「地域密着」が言い訳に使われているようにも感じます。
【宮崎】今、郵政グループが力を入れているのは、住民票の写しの発行など、役所の手続きを郵便局が請け負うサービスです。それによる収益は大きくはありませんが、公的な仕事を請け負って実績を積むことで「だからやっぱり郵便局は各地に必要なのだ」という既成事実をつくろうとしているようにもみえます。
これは郵便局網を維持するために公的な資金を投入できる仕組みを作るための法改正とともに、局長会が与党にあげている要望でもあります。経営効率化ではなく、公的な面をアピールして、何とか生き残りを図ろうとしているのだと思います。
■社内だけでどうにかなる問題ではない
――本書を読み始めるまでは、自爆営業や厳しいノルマを課せられて現場の局員たちが苦しんでいるのは「民営化によって競争が激しくなったから」だと思っていました。ところが実際には、民営化が中途半端に終わったことで、郵政グループが民間企業として中途半端な状態になったために矛盾が生じ、現場にしわ寄せが行っている、ひずみが生じているのではないでしょうか。
【宮崎】民営化にそもそも無理があったのか、それとも進め方に問題があったのかについては、現場の人たちに聞いても意見が分かれています。局員たちも、やはり「地域のために」「公のために」という気持ちで就職している人が多いのも確かです。
郵政グループという企業体としてみると、不正な営業をして結んだ保険契約(※)などについて指摘されると、一応そこには対策を打つのですが、問題が起きる素地や構造は温存されているため、また別の形で問題が表出してくる。そうした弥縫(びほう)策ではない、「郵政事業はどうあるべきか」といった根本的な議論が必要です。
過疎化や郵便数の減少なども進んでいく中で、今のままの大きな組織を未来永劫、続けることは不可能だと思います。本来なら郵政グループ内だけでなく、国会を巻き込んでの議論が必要なはずです。
(※編集註:日本郵便が販売を担うかんぽ生命の保険をめぐって、法令や社内ルールに反した「保険金の支払い拒否」や「保険料の二重払い」など不適切な販売が問題になり、2021年に日本郵便の社員など3300人余りが懲戒解雇や停職などの処分を受けた)
■局長会に支援を依頼する小泉ジュニア
ところが、自民党は局長会から組織票で支えられており、局長会が難色を示す民営化推進の政策を進められない。また立憲民主党も、郵政グループの労働組合から支持を受けているためだと思いますが、郵政側にとって耳の痛い提案をすることはほぼありません。
郵政民営化に踏み切ったのは自民党ですが、民営化にブレーキをかけるような法改正を行ったのは民主党政権時代で、これは自民・公明と合意の上で進めたものです。
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これがまた複雑な状況を生んでいて、民営化推進派だった人たちは「民主党政権のせいで改革が中途半端になった」と言い、民営化に反対していた人たちは「小泉竹中路線がそもそも間違っていたのだ」と言う。そうした宙ぶらりんの状態の中で、与党は局長会と結びついており、本質的な議論や大きな変革が望めません。
2024年9月の自民党総裁選では、小泉進次郎氏が局長会に支援を要請するための面会を行って話題になりました。しがらみのない立場から、郵便局のあり方を提案しているようにみえるのは共産党や維新の会くらいで、実際に国会で質問もしていますが、数が少ないので大きな動きにはつながっていません。
■まるで『失敗の本質』
――親会社の日本郵政には民営化以降、民間出身者が社長に就任してきました。現在は官僚出身で岩手県知事や総務大臣を務めた増田寛也氏が社長を務めています。本書では、問題を指摘されてものらりくらりの答弁をする記者会見の模様が紹介されています。歴代の社長も改革への意欲が見えず、「自分がいる間、やり過ごせればいいや」と考えているのではないかという姿勢が見え隠れしています。
【宮崎】結局、本当の意味での責任者が不在というか、経営者も時の政権が決めますし、与党も組織票で支援を受けることと引き換えに、局長会の要望を実現しようとする。一部の人たちが、自分たちに都合のいい仕組みを残そうと動く中で、妙な安定が生じてしまっているのです。誰が責任をもって、郵便局のあるべき姿を実現する主体なのかが見えてきません。
――まるで『失敗の本質』ですね……。本の帯にあるように、あらゆるところで「限界」が露呈しているように思います。
【宮崎】人間は、その風土の中にいると、自然とそれが当たり前だと思ってしまうようになる。これが最も恐ろしいことだと感じました。「この組織で生きていくためには、このあり方を受け入れる以外ない」「もう変えることはできない」と思い込んでしまう。
■選挙前に再び郵政民営化法の法改正が
取材を続ける中で「本当にそんなことが現実に起きているんだろうか」と耳を疑うような情報に何度も接しましたが、取材によって一つ一つ事実を積み重ねる中で実際に行われていることが明らかになっていきました。内部でおかしいと感じた人たちが、情報を寄せてくれたことで、郵便局の状況の一端が明らかになったのです。
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手間のかかる取材を同僚の記者たちに協力してもらいながら進めました。報道機関がやらなければならなかったことだと思っています。
夏に参院選を控え、自民党はこの春にも郵政民営化法を見直す改正法案を国会に提出する見込みだと報じられています。郵便局網の維持のための費用を政府が予算措置できるようにするほか、先にも述べた「公的サービスの代行」が「基盤的サービス」として拡充される可能性もあります。
日ごろ郵便局を使っていても、なかなかそのあり方を利用者が考え続けるのは難しい。それでも、実態の一端を知ってもらえればと思っています。
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