組織のリーダーや起業家の脳内に“それ”はいるのかいないのか。公立鳥取環境大学学長の小林朋道さんは「ネコ科動物を本来の最終宿主とするトキソプラズマという寄生虫が約3人に1人のヒトの脳内に休眠中の蛹のような状態で入り込んでいることが明らかになっている。詳細は現在研究中だが、感染者は大胆・活発になり、リーダーや起業家などになる割合が高いとも言われている」という――。

※本稿は、小林朋道『ウソみたいな動物の話を大学の先生に解説してもらいました。』(協力・ナゾロジー、秀和システム)の一部を再編集したものです。

 

■3人に1人の割合で我々ホモサピエンスの脳内にも入り込んでいる

トキソプラズマという寄生虫はネコ科動物を本来の最終宿主とする原虫です。

原虫というのはアメーバやゾウリムシなどを含む単細胞の微生物の一分類群でマラリア原虫などが有名ですが、トキソプラズマは自分自身が増えるため、ネズミやヒト、オオカミ、ブタ、ニワトリ等2000種以上の恒温動物に感染し、動物間を移動し最終的にネコ科動物に戻ってきます。

中には、移動途中の中間宿主の体内にずっと居座って、一生を終えるトキソプラズマもたくさんいると考えられています。

トキソプラズマは中間宿主の体内、特に脳内にいるとき神経系の状態にさまざまな影響を与えることが研究の結果わかってきました。脳を操作している、と言ってもよいかもしれません。

よく知られている例は、ネズミ類の脳内に入り込んだときネズミの認知や行動に与える変化です。感染した多くのネズミは、本来ならばその匂いを嗅いだらそこから離れる「ネコの尿」の匂いを逆に好むようになり、離れたところからでも匂いを感じたら引き付けられるようになる個体も出てきます。

出所=『ウソみたいな動物の話を大学の先生に解説してもらいました。』(秀和システム)

本来ネズミは、周囲を警戒しながら、物陰に隠れるようにして移動しますが、トキソプラズマに感染すると大胆になって開けた場所に出てくるようになり、活発に動き回るようになり、そしてネコの尿の匂いがしたら寄っていくのです。

もうこうなると、ネズミは、自分の生存・繁殖に有利になるように行動する野生動物ではなくなります。「ネコの餌」と言ってもいいかもしれません。そして、トキソプラズマの影響によってネズミは食べられ、最終宿主であるネコの体へと到達するのです。

この状態を、「ネズミという動物が操られている」と表現しても異議を唱える読者の方は、多くはないでしょう。

さて、このトキソプラズマは、実は3人に1人くらいの割合で、我々ホモサピエンスの脳内にも入り込んでいることが明らかになっています。正確にはトキソプラズマが「シスト」と呼ばれる休眠中の蛹(さなぎ)のような状態になっています。

■感染者は起業家になる割合が高いと一般的に言われている

では脳内にトキソプラズマが居座っているホモサピエンスには、行動や心理の面でどのような変化が起こるのでしょうか。

詳細は現在研究中ですが、以下のような変化が指摘されています。もちろん必ず現れる変化ではないし、仮に表れてもその変化の程度はさまざまであることは付け加えておきます。トキソプラズマが脳内のどこに存在するかによって影響が出たり出なかったりもします。

①考えがまとまらなくなり、注意が散漫になる
②大胆になり活発にふるまうようになる
③ネコの尿の匂いが好きになる
④顔の左右の対称性が高くなる――顔の左右対称性が高いことは異性に対して魅力的に見えることが知られており、つまり異性から魅力的に見られるようになる。


小林朋道『ウソみたいな動物の話を大学の先生に解説してもらいました。』(協力・ナゾロジー、秀和システム)



チェコのカレル大学のヤロスラフ・フレグル氏は、チェコ軍召集兵で交通事故を起こした率を調べました。その結果、トキソプラズマ感染者は非感染者に比べ、事故の確率が2.65倍高いことがわかりました。これは①や②の影響かもしれないと推察されています。

明確なデータがあるわけではありませんが、感染者は起業家になる割合が高いと一般的に言われており、②とのつながりが指摘されています。

アメリカ・モンタナ大学とイエローストーン資源センターの研究チームは、ワイオミング州にあるイエローストーン国立公園のオオカミ(ハイイロオオカミ)200頭以上を対象に、1995年から2020年の間、継続して調査(①)しました。

オオカミは、10頭前後の個体がコロニーをつくって暮らしています。その各コロニーの移動空間や行動が記録され、同時に、血液サンプルを採取して、トキソプラズマへの感染の有無も調べられました。その結果わかったことは次のようなことです。

①トキソプラズマに感染した若い個体は、非感染個体に比べ、より早く群れを離れる傾向がある。たとえば、普通のオスは、生後21カ月ほどで群れを離れるが、感染したオスの個体は、その半数が6カ月で群れを去った。メスの場合、通常48カ月くらいで群れを離れたが、感染個体は約30カ月で離れた。
②トキソプラズマに感染した若いオスのオオカミは、感染していない若いオスのオオカミに比べ、群れのリーダーになる確率が約46倍以上も高かった。

①の現象は、トキソプラズマ感染により、他の哺乳類、たとえばネズミやホモサピエンスでも見られるような「行動が大胆になる」という傾向がオオカミでも表れたことによる結果である可能性が高いと思われます。

また、②についても感染により「行動が大胆になる」という傾向が関係している可能性が考えられます。不安を感じにくく、強気で、大胆に行動する個体はリーダーになりやすいのかもしれません。

いずれの可能性も、今のところまだ単なる可能性に過ぎません……今後の研究が待たれるところです。

■政治家党首や起業家はトキソプラズマに感染しているのか?

ところで、研究チームは、トキソプラズマのオオカミへの感染の経路に関係するかもしれない、以下のような興味深い事実も見出していました。

公園内には、ピューマが生息する地域がありますが、公園内のオオカミの多くのコロニーの中で、その行動圏がピューマの行動圏と重なる度合いが高いコロニーほどコロニーの全個体数に占めるトキソプラズマに感染している個体の比率が高いというものです。

研究チームは、この事実が生じる理由として、次のような推察をしています。

オオカミとピューマは、北米で同時に進化した肉食類であり、基本的には同じ獲物を捕食対象にしているため、通常は両者は行動範囲が重ならないように積極的に避けていることが知られています。

写真=iStock.com/Daniele Dellosa
※写真はイメージです – 写真=iStock.com/Daniele Dellosa

しかし、ピューマの行動圏に入るオオカミのコロニーがあるということは、そのコロニーの中に、トキソプラズマに感染し行動が大胆になっている個体がコロニーをピューマの行動圏に入らせている可能性もあるのです。

その個体がリーダーの場合もあるかもしれません。あるいは、オオカミの行動圏とピューマの行動圏が近ければ、たまたまピューマの行動圏に入る確率も高くなるでしょう。

出所=『ウソみたいな動物の話を大学の先生に解説してもらいました。』(秀和システム)

いずれにしろ、トキソプラズマの自然最終宿主であるピューマの行動圏に入る機会が多かったオオカミは、トキソプラズマが含まれた糞便などに触れる機会等も多く、感染する機会も多かっただろうことは想像に難くありません。

「えっ? それホント!」と思うようなことも含めて我々ホモサピエンスは自然の動きを知る努力を、好奇心に駆られて、また使命感にも駆られて続けていき、ホモサピエンスと他の生物が共存、共生できる地球を構築、維持していかなければなりません。それしか、ホモサピエンスが地球上で生きていくすべはないのですから。

ところで、読者の方も思われたかもしれないが、政治家で党首になったり、起業家でCEOになったりするホモサピエンスは、トキソプラズマに感染しているのでしょうか。体内、脳内にトキソプラズマのシストがいるのでしょうか。まだ調べた研究者はいません。

① Parasitic infection increases risk-taking in a social, intermediate host carnivore

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小林 朋道(こばやし・ともみち)
公立鳥取環境大学学長
1958(昭和33)年岡山県生まれ。公立鳥取環境大学学長。岡山大学卒、理学博士(京都大学)。ヒトを含むさまざまな動物について、動物行動学の視点で研究してきた。『ヒトの脳にはクセがある 動物行動学的人間論』(新潮社)など著書多数。
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(公立鳥取環境大学学長 小林 朋道)