【「年収の壁」引き上げが「123万円」に値切られた背景】

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財務省と農林省のタッグ 財務省

【「年収の壁」引き上げが「123万円」に値切られた背景】

物価上昇率を論拠に持ち込んだ財務省、“物価はそんなに上がっていないから、課税最低限も少しだけ上げればいい”の主張か

「今回私たちは負けました。力不足です」。“103万円の壁”引き上げをめぐって予算修正案に反対した玉木雄一郎・国民民主党代表がX(旧ツイッター)に書き込めば、“減税つぶし”に奔走した財務省幹部は番記者にこう語ったという。

「理屈の部分で結構譲歩した」

 国民民主と自公のバックにいる財務省の主張はなお大きく隔たりがある。この根底にあるのが、政府の「物価(上昇率)のウソ」である──。

 2025年度予算案の審議の舞台は参院に移り、「高額療養費の限度額引き上げ」や退職金増税と指摘される「退職所得控除の見直し」などが議論されたが、石破政権はすべてを先送り。さらに唯一の成果に見せようとしている「年収の壁」引き上げをめぐる問題にも、重大な疑念が見つかったのだ。

 玉木氏が要求したのは年収103万円の壁(課税最低限)の178万円への引き上げ。根拠は「最低賃金の伸び」だとしている。課税最低限は過去30年変わっていないが、最低賃金は時給611円(1995年)から1054円(2024年の全国平均)へと約1.73倍になった。最低賃金は「労働者の生計を支えるに足る下限の賃金」とされ、各都道府県の労働者の生計費や賃金などを調査して厚労相の諮問機関「中央最低賃金審議会」の答申に基づいて政府が毎年決定する。

 その最低賃金が上昇してきたのに課税最低限が据え置かれたため、それまで非課税だった人がどんどん税金を取られるようになった。実質増税だ。 だから玉木氏は課税最低限を最低賃金に合わせて1.73倍の178万円に引き上げることで減税し、「国民の手取りを増やし、取られすぎてきた税金を戻せ」という主張になったのだ。この“玉木減税”が実施されれば年収300万円の人は年11.3万円、年収500万円で年13.2万円の減税になるはずだった。

30年で13%しか上昇していない政府の物価統計を援用

 ところが、自民党は別の数字をあげて壁の引き上げを123万円に値切った。「財務省は最低賃金ではなく、『物価上昇率』で判断するべきだという意見だった」(自民党政調関係者)からだ。

 事実、自民党税制調査会のインナーで財務省OBでもある小林鷹之・元経済安保相はネット番組でこう説明した。

「(国民民主の)178万円というのは30年前と最低賃金を比較した数字。自民党がたどり着いたのは123万円。なぜ123万円かをざっくり言うと、30年間で物価は1割上がっているが、生活必需品は2割上がっている。(それに合わせて)基礎控除を2割上げれば123万円になる」

 政府の物価統計では消費者物価(総合指数)は30年で13%しか上昇していない。生活必需品の指標とされる「基礎的支出項目」は24%アップだ。“物価はそんなに上がっていないから、課税最低限も少しだけ上げればいい”という主張である。

 この隔たりにより、玉木氏ら国民民主党と“ラスボス”と称された自民党の宮沢洋一・税制調査会長らがバトルを展開し、玉木氏の敗北宣言での決着となったのだ。

 103万円の壁は最終的に予算修正で160万円に引き上げられたものの、所得制限がついたため減税額は年収300万円の人も年収500万円の人もわずか年2万円。しかも2年間の限定だ。こんな雀の涙の減税では取られすぎた税金が戻ってくるどころではない。国民民主が修正案反対に回ったのは当然だろう。

 最低賃金と物価統計、どちらが正しいのか。

 自民党・財務省が言うように物価が1割しか上がっていないなら、最低賃金が1.73倍に上昇したのだから、この30年で国民は手取りが増えて生活に余裕ができたはずだ。だが、現実は生活が苦しくなる「失われた30年」だった。米は2倍、キャベツ・白菜はざっと3倍──物価高騰が生活を直撃している現実があるのだ。どう考えても、おかしいのは政府の物価統計のほうではないか──。

※週刊ポスト2025年3月28日・4月4日号

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