世にも奇妙なフツーの話「アシュタール:覚悟するためのエネルギー」
飛び出すって?どこへ?
先日の記事「飛び出すエネルギーにしてください。」
に関して、
飛び出すって何処へ、どうやってでしょう。人里離れたところに急いで引っ越しましょうということなのでしょうか。それが出来る人はほとんどいないのではないでしょうか。
・・・的なご質問を多くお寄せいただきました。
それに関してアシュタールからメッセージが来ましたので
お伝えしますね^^
「覚悟するためのエネルギー」by アシュタール
「こんにちは こうしてお話できることに感謝します。
誰かがどこかに連れて行ってくれる、
誰かが考えてくれる。
具体的に誰かが指示してくれる。
という思考は手放してください。
私たちはあなたをどこにも連れていくことはできません。
そして、あなた達に逃げ場所、新しい世界を用意
することも出来ないのです。
私たちが出来るのは、それが出来るようになる思考の
方法をお伝えすることだけなのです。
飛び出すエネルギーにしてくださいと言ったのは、
覚悟してくださいと言いたかったのです。
覚悟が出来れば、離れることが出来るのです。
離れる覚悟をするためのエネルギーにしてくださいと
お伝えしているのです。
たとえば、公園にいじめっ子がいるとします。
そのいじめっ子に逆らうととても怖い思いをします。
だから、そこにいる子どもたちはそのいじめっ子の
命令にイヤイヤ、しぶしぶでも従うのです。
でも、本当にもうイヤだと思うことが出来れば、
そのいじめっ子の命令に従わなくなります。
イヤですとはっきりと言うことが出来るようになるのです。
最初はいじめっ子はその言葉に対して、またもっと
強く、従わないと殴るぞ、ひどい目に合わせるぞと
いうかもしれません。
でも、一人でもその言葉に怖がることなく、エネルギーを
引かずスッと立ってイヤだということが出来れば
いじめっ子は何も出来なくなるのです。
そして、あなたとはもう遊びませんと言えば、同じ公園の
中でも別の遊びをすることが出来るのです。
覚悟です。
殴られる覚悟ではありません。
自分を信じる覚悟です。
自分を信じることが出来れば、対立ではなくスッと立って
自分の考えを伝えることが出来ます。
そのエネルギーになった人に干渉することは
出来ないのです。
もし、一人の子どもがそれが出来たとしたら、それを
今まで文句を言いながら従っていた子ども達もその子を
見て、そういうこともできるんだと思い、自分もイヤだと
言えるようになるかもしれません。
もちろん、言えずにまだ従う子どもたちもいるでしょう。
それは個人の問題ですので、良い悪いではなく
自分の好きな道を選べばいいのです。
そして、イヤだと言える子どもたちが集まれば、
その子ども達だけで遊ぶことが出来るのです。
場所ではありません。
どこかに行かなければいけないわけではありません。
同じ場所でも干渉しあわずに遊ぶことが出来るのです。
それがそっと離れるということです。
住み分けるということです。
いじめっ子に対して文句を言ったりしたらケンカに
なります。
ケンカになれば力が強い方が勝ちますので、また力で負けて
またしぶしぶ従わなければいけなくなります。
どんなことを言われても、脅かされても従わない、
もうイヤだとことが出来れば、ケンカにもならずそっと離れる
ことが出来るのです。
気合という言葉をあなた達は使いますが、気合があれば
エネルギーを引かずにすむのです。
そして、最初に戻りますが、最初にいじめっ子に向かって
イヤだという人を待たないでください。
そして、イヤだといった人に付いていこうと思わないで
ください。
イヤだといった人を持てはやし、その人をヒーローにして
ついていこうとしないでください。
それは依存です。
依存してしまうとまた同じようにいじめっ子が出てくる
ことになります。
もしかしたら、最初にイヤだといった子どもが次の
いじめっ子になるかもしれないのです。
でも、あなたが誰にも従うのはイヤです、自分のことは
自分で決めます、自分のことは自分でできますとしっかりと
覚悟することができれば、もし最初の子どもがいじめっ子に
変身したとしても何も影響は受けません。
そして、周りの子どもたちがエネルギーを引かなければ
最初の子どももいじめっ子に変身することなどありえないのです。
飛び出すエネルギーにしてくださいとお伝えしたのは
そういう意味です。
もうイヤだとしっかりと思うことが出来れば、従うことを
やめます。
頑張らなくても、従うことがなくなります。
自然と従うことが出来なくなります。
そうなると誰にも揺るがされることがなくなるのです。
どこか別の場所に行かなければいけないわけでは
ありません。
どうやって離れるかはご自分で考えてください。
どうやって別の遊びをはじめるかもご自分で考えてください。
あなたが私たちにそれを期待するのは依存になります。
私たちは依存されることは望みません。
もうイヤだと思うエネルギーを満タンにして、従うことを
やめ、彼らと違う遊びをする覚悟をしてください。
あなたに愛をこめてお伝えいたします。」
ありがとう、アシュタール! 感謝します。
マイコメント
「飛び出す」というのはどこかへ飛び出していくような場所の移動を示したもの
ではないということです。
あくまでも意識的な思考の仕方の問題です。
超次元ライブの中でマスクの話が出て、その中でミナミさんとあつしさんは私たちは
一度もマスクをしたこともないし、マスクをつけてないと注意されたことも着用を
要請されたこともありませんと述べていたと思いますが、それがいちばんわかりやすい
例だろうと思います。
それが出来ているのはお二人が「マスクをする必要はない」と心底信じて実行している
からです。
その思考が現実を創ります。だから、周りの人が全員マスクをしていてもマスクをして
いないお二人の姿が眼中に入らないのです。
まるで同じ空間にいながら違う空間にいるような感じになります。
あたかも自分だけが違う世界に存在しているような感覚になります。
もちろん、周りの多くの事件やテレビの報道や道行く人の姿はそのまま見えます。
でも、関係のないことなのです。
そういう感覚です。
それは自分が楽しむ世界を創り出すと現れてきます。
小学校の校庭で休み時間に多くの子供たちが鬼ごっこしたりかけっこしたりドッヂ
ボールをしたりと遊んでいる中で、一人だけ砂遊びをしている子供がいても周りの
誰一人そのこどもに気付かないような世界です。
その子供からは周りの子供たちの姿は見えているのですが関心がないので彼らも
その子供の存在に気付きません。
休み時間が終わって教室に戻れば全員が席に着き一緒になるのですが、それでも
その子供が自分の友達を見つけて話しかけるまでは誰も気づかないでしょう。
現実世界は自分が関心を持ち関与したときに初めて自分の世界に現れます。
だから、見てはいても自分と関係がないと思えばその世界に巻き込まれることは
ないということですね。
昨日紹介した厚生労働省のワクチン任意接種が可能という内容も以前はなかった?
気付かなかったはずですが、ニュースとして現れてきました。それまでは任意
接種ではなく半ば強制接種の流れだったはずです。それが変化したこと自分が
創った現実だということです。
それは現実を変えられる可能性があるということを示しています。
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